金融と財政
新型コロナウイルス災禍の最中であるが、久しぶりに経済関係の本を読んでみた。L・ランダル・レイの『MMT現代経済学入門』(2015年、倉島原監訳、鈴木正徳訳、東洋経済新報社、2019年)である。MMT(Modern Money Theory)は政府の破産を心配する必要はないと言っているらしいので、詳しい内容を知りたくなったのである。借金はそもそも悪であるという小心者根性もあって、私も財政赤字については一般の人同様否定的であった。MMTは大方の経済学者からブードゥー経済学だと揶揄されていたけれども、賛同する人も増えてきたようだ。
ごく簡単にMMTの描く金融の姿を見てみよう(私の理解した限りで)。まず、政府(中央銀行と一体化した統合政府)は国民に強制的に課税することができる。その上で、政府は民間からモノを購入し、代金として政府発行貨幣を渡す。この貨幣は政府の借金(債務)であり、民間の債権である。政府はこの貨幣によって納税することを認める。もし、発行したのと同じ量の貨幣を税として回収すれば、財政は均衡する。しかし、その場合、民間には貨幣が残らない。他方、政府が徴収する税が、発行した貨幣の量より少ないならば、財政は赤字となる。その場合、民間に貨幣が残り、貯蓄が可能になる。
つまり、政府の財政赤字が民間の貯蓄を生み出すのである。政府が財政赤字をすぐには解消せずに繰り延べれば、貨幣は常に民間に存在することになる。財政赤字は民間の貨幣保有のために必要なのだ。
さて、政府は税収の不足によって債務の返済にこまることがあるだろうか。政府の自国通貨による債務は、自国通貨によって払えばいいだけのことである。国債であろうが、貨幣という債券であろうが、その対価は貨幣でしかない。だとすれば、財政赤字による政府のデフォルトについての心配は杞憂であるということになる。
以上の話を聞くと、景気対策に財政政策を使うことの抵抗感はなくなる。しかし、この本ではデフレ対策としての財政政策ということには触れられていない。むしろ、財政政策の限界としてのインフレを強調している。また、税が課されるべき対象とか、失業政策としての機能的財政とか、内容はいたって堅実である。
しかし、一部のMMT支持者は積極的な財政支出を主張している。MMTへの批判者はデフォルトやインフレや為替や金利についての懸念を言い立てる。しかし、日本を見よ。財政赤字が積みあがった日本でそれらが実際に問題になったことがあったろうか?
では、MMTを信じて、日本の財政支出をさらに増やしてもかまわないのだろうか。金融政策でどうにもならなかったのだから、財政政策で何とかしようとする気持ちは分かるし、しかも均衡財政の制約を気にしなくて済むのであれば、すぐにでも始められる。
しかし、ちょっと待てよ。ケインズ流の財政政策は無効とされたのではないか。財政政策による有効需要の増加は失業率を下げるが、物価の上昇をもたらす(フィリップ曲線の議論)。それどころか、マネタリストによれば、ケインズ流の財政政策による景気回復は一時的なもので、結局は物価上昇だけが残って元の木阿弥となる(自然失業率の議論)。政府が干渉せずに放っておけば市場はうまくやるはずだ。リバタリアンが復活した。規制緩和がなされ、市場の勝利が明らかとなった‥‥はずだった。金融部門の暴走でおかしくなりかけても、FRBの巧みな金融政策で支えられた。ところが、バブルがはじけた。バブルの処理は何とかできたが、後遺症の対処には金融政策だけでは心許ない。そこで一回りして、財政政策か!
完全雇用に近い現在の日本では失業対策としての機能的財政は必要ないだろうから、物価を上げるために財政支出を使うということになるのだろうか。しかし、財政赤字が引き起こすインフレへの懸念に対する反証が日本となっているなら、さらなる財政赤字によって物価が上がることはないのではないか。その辺りは私にはよく分からない。
MMTとは直接は関係はないが、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、案の定、政府も日銀も大盤振る舞いを始めた。表向きはどう言おうと実際には財政ファイナンスが行われているのだ。以前の私ならば眉をしかめただろうが、MMTの影響によって、今回の危機における医療対策や経済対策のための財政支出については抵抗感がなくなった。財政規律など必要ないということではないのであるが。
ところで、この本を読んで、金融の仕組みが分かってきたような気がする。いままで金融についての本は何冊か読んでいたが、隔靴掻痒、実感としての理解ができていなかった。貨幣の由来があいまいだったからである。MMTはハッキリとしている。政府は課税することで無から貨幣を生み出せるのである。そして、銀行もまた貸し出すことによって無から貨幣を生み出す。そのことを受け入れれば、中央銀行や銀行の機能も理解しやすい。MMTの説明がすべて正しいとは言えないだろうが、金融の理解には有効だと思う。