井本喬作品集

二度目の挨拶

「また宇宙船です、未知の」

 金森船長の声は冷静だが、さすがにうんざりした響きを私は聞き取った。

「なんだね、この宙域は。観光地でもあるのか」

 伊藤博士の冗談も皮肉がきいていない。むろん私も自分たちの不幸を呪った。一つの航海で遭遇が二回、よりによって私たちのような非社交的なチームに。

「どうします、逃げますか」

「そうもいくまいよ。記録されているから、隠しとくわけにはいかない」

「消極的にならなくてもいい。名誉回復のチャンスと受け取るべきじゃないか」

「恥の上塗りという言葉もありますよ」

「向こうも気がついてるようだ。接近してくる。第二次警戒体制を取れ」

「やれやれ、今度は陽気な連中であることを期待しますよ」

「陽気ではないとしても、せっかちではあるな。もう通信してきたよ。きれいなパルス波だ。数を数えろということか」

 船長は彼等のメッセージを表示した。

125234513514551252635232323452514551253452345234536412535

「6までの数しか使っていないのか」

 伊藤博士が確認する。

「そのようですね」

 金森船長はコンピューターの信頼性を疑う理由はないはずだというふうに軽く答える。

「7進法かな」

「0の表示を何かの数が代替しているとすれば6進法ですね」

 私の意見は無視して伊藤博士は金森船長とやり取りする。

「数字の使用頻度を出してみてくれ」

 数 字  回 数  割合(%)

  1    7   12.3

  2   12   21.1

  3   11   19.3

  4    8   14.0

  5   17   29.8

  6    2    3.5

  計   57  100.0

「多いのは5。6が少ない。あとは差はあまりない」

「二桁と三桁の頻度を上位5位まで出してみましょう」

 数 字  回 数  割合(%)

  45   7   12.5

  23   6   10.7

  52   6   10.7

  34   5    8.9

  51   5    8.9

 数 字  回 数  割合(%)

 345   5    9.1

 125   4    7.3

 234   4    7.3

 523   4    7.3

 452   3    5.5

「特異なパターンは見出せないな」

「4桁以上も出してみますか」

「いや、それより2回以上使われている組み合わせで長いのを出してみて」

  数 字    回 数

 1455125  2

 23452    2

 52345    2

「この短い文の中で7桁の組み合わせが2回出てくるのは偶然とはいえないな。23452と52345は2345に前後の数字がついているんだろう。1455125をA、2345をBで代入して書き換えてみてくれたまえ」

125 B 135 A 26352323 B 25 A 345 B B 36412535

「この形で3桁で2回あるのは125だが、後の125が一つのまとまりかどうかは分からない。こことここで区切ってみてくれ」

125 B 135 A 
26352323 B
25 A 345 B
B 36412535

「形が整ってきた。Bは彼等自身を指し、Aは我々を指しているのではないかな。第1段落は彼等が我々と会ったこと、第2段落は彼等の自己紹介、第3段落はお互いの関係について、第4段落は彼等の提案」

「これだけでは何とも言えないのではないですか。雲をつかむような話です。意味を表す確かな証拠はないのだから、何とでも解釈できます」

「この状況でのコミュニケーションでは、この状況そのものを話題にするのが最適だと思わないかね。だから、最初のUFOに伝えた我々のメッセージと非常によく似た構造になるはずだ。知的生物の考えることはそれほど違わないだろう」

「そうだとしても、手がかりが必要です。なるほどBは4回も出てきますから人称の可能性が高い。しかし、Bは日本語の助詞か英語のbe動詞に当たるものかもしれない。Aが2回なのにBが4回というのは、同じ種類の概念として対応させにくいのではありませんか」

「彼等は、解釈のしやすいように言葉の対を繰り返すはずだ。AとBを対応させないと解釈が困難になる」

「意味を引き出すには、これだけの変形では無理ではないでしょうか」

「むろん、まだ結論は出せない。しかしこの方向で分析を進めるのが正しい解釈に到る道だと思うが。それとも君は違う解釈の方法を見つけたのかね」

「解釈を急ぐ必要はないですよ」突然金森船長が割り込んだ。「彼等は行ってしまいましたから」

 三時間後、私は謎の宇宙船の残したメッセ—ジの解釈案を、他の二人の乗組員に提示した。

「この数字の並び方には特異性があります。最初見たときから気になっていたのですが、連続した並びが多いのです。既に知っているように2345が4回繰り返されています。12も4回。23、34、45だけを取り上げればそれぞれ6、5、7回です」

 伊藤博士が早速疑問を投げかける。

「そのことに何か意味があるのかね。わずか6種類の数字の組み合わせだから、そういうことがあるのは不思議ではないだろう」

「今から説明します。連続数字の他には25が5回、35が3回あります。1455125についても、1455と125に分ければそれぞれ2回繰り返されていることになります。このメッセ—ジの単位は、小さな数字から順番に並べているのです。ですから、ある数字の次にそれよりも小さな数字が続いたら、そこが区切りになるのです」

「待てよ。その方法だと確定できないケースが出てくるぞ。例えば2345は一つの単位としていいのか。あるいは23と45に分けるべきかもしれないではないか」

 さすがに伊藤博士は鋭い。私がその点に気づくのに三十分かかった

「確かに区切りの記号がいります。それらしきものがあるのです。6です。6はわずか二回しか使われていません。6の前後の数字は、6がないと一つの単位になってしまいます。それを避けるために6を入れているのです。以上のことからこのメッセージを書き換えてみると、次のようになります」

125 2345 135 145 5 125 2 35 23 23 2345 25 145 5 125 345 2345 2345 3 4 125 35

「なるほどうまく区切れたが、これが正しいかどうかはこれだけでは判断できないな」

「そうです。これだけでは、これが意味があるものなのか、単なる偶然なのか、あるいは表記法のファッションにすぎないのかは分かりません。あるいは座標なのかなとも考えました。文字ではなく図形を表現しているのかもしれない。例えばこのように」

12XX5
X2345
1X3X5
1XX45
XXXX5
12XX5
X2XXX
XX3X5
X23XX
X23XX
X2345
X2XX5
1XX45
XXXX5
12XX5
XX345
X2345
X2345
XX3XX
XXX4X
12XX5
XX3X5

「一つの単位を5文字で揃え、欠如している数字は空白にして並べてみたのです」

「図形としたら何だろうかな。何かのマークかな。表意文字ともとれそうだし」

「分子構造ではないのかね」

「何にしろこのままでは見にくいし、数字が単に位置を示しているならもう必要ないですから、何でもよかったんですが、全て1に代えてみました。そして空白には0を入れてみたんです。そうしたら、二進法の表示になっているのに気がついたんですよ。こんなふうに」

11001  01111  10101  10011  00001  11001  01000  00101  01100  01100  01111  01100  10011  00001  11001  00111  01111  01111  00100  00010  11001  00101

「十進法に直してみます」

25 15 21 19 1 25 8 5 12 12 15 9 19 1 25 7 15 15 4 2 25 5

「これは表音文字だな。25までしかない」

 金森船長は納得したようだった。

 しかし、伊藤博士の懐疑主義、というより私の能力に対する不信はここに至っても払拭し切れないようだ。

「どうもこじつけのような気がしてしかたがないのだが。論理の展開に必然性が感じられないのだよ。これだけが可能な唯一の解釈ではなく、違った手続きで違った解釈が可能かもしれない」

「でも、ここまでの論理展開はとてもうまくいっていると思いますが。これ以上の証明としては、意味の解明しかないですよ」

「やってみよう」

 金森船長はキーを叩き始める。

「数字じゃぴんと来ないから、英語のアルファベットに置き換えてみよう。1から順番にABCだ」

 そんな単純なことではない、と私は言おうとしたが、突然金森船長がふだんの冷静な態度を失って叫び声をあげ、それから笑いだした。

「何てこった。そうか、あれは例のアメリカの新型宇宙船だったんだ」

「どうしたんですか」

「奴等、我々がUFOと接触したのを知って、からかったのさ」

「何を言ってるんです」

「これを見ろよ」
 金森船長がアルファベットに加工した文が画面に出ていた。

YOU SAY HELLO
I SAY GOODBYE

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