二人
ドアを閉じ、それが外部からどの程度私たちを遮断してくれるのかを考えながら、私は彼の方を振り向き、笑いかけた。
「やっと会えたね」
その言葉に彼は反応せず、黙って私を見ている。部屋にはテーブルと二脚の椅子、隅に置かれたベッドしかない。椅子の一つに彼はすわっている。白い半袖シャツに白いズボン。しばらくお互いを見つめた後、やっと彼が言った。
「まあ、すわりたまえ」
彼の提案に私は応じたが、その落ち着いた態度を私は意外に思った。教え、指示するのは私の方でなければならない。私の表情を読み取って彼は言った。
「私の態度が気にくわないようだね」
私は表情を改め、聞き返した。
「どうして」
「君の考えていることは分かって当然だろ。最初にはっきりさせておこう。君が相手にしているのは生まれ立ての赤ん坊じゃない。私がもっとおどおどして、君に頼りかかることを期待していたんだろうが、おあいにくさまだ。君の経験は私の経験にもなっているんだ。君の生きてきた時間と全く同じものを共有しているのだ。たとえ存在を始めてから五日間しかたっていなくとも。私は君のクローンじゃない。君そのものなんだ」
私は露骨に嫌な顔をした。
「しかし、君は私の写像だ」
「今となっては、どちらかが主体で他方がその写しなどという関係は成り立ち得ない。私は君と全く同じ立場だ」
私は黙った。事態は私の予想したのとは全く別の方向へ流れていく。元へ戻そうにも、この自我の強そうな相手ではうまくいきそうもない。もしかしたら得られたであろうもの、おぼろげな姿を見せただけで去っていってしまったものに対する未練が、どこかに引っかかっている。わたしはそれをのみ下し、この新たな状況に立ち向かおうとする。
確かにこの計画の当初にかすかに心をよぎった問題があったのだ。他人となった自分は、自分自身ほどには好ましい存在ではなくなるのではないかという不安。しかし、私はすぐに思い直した。私の私自身に対する自信(あるいは自惚れだったのか)が不安を苦もなく流し去った。私は選ばれた。私の知能、容貌、そして私の若さゆえに。それが二倍になるのは素晴らしいことではないか。だから、生物の複製——クローンではなく全く同じもう一つの個体を作り出すという実験の申し出を受けたのだ。人間にその技術を適応する最初の実験。
その結果がこのざまとは。
「分かった。君と私は対等だ。余計なお節介はやめよう。その代わり、私の助力は期待しないでくれ。君については、君自身が責任を持てばいい」
「それは脅かしにはならないよ」
「脅してなんかいない」
「私には嘘をつけない」
「君は私の心を推察しているだけだ。君は私の心の動きの微妙な傾向に過ぎないものを、はっきりとした意図にまで拡大解釈してしまっている」
「君の言わんとすることは、お前が嫌いだ、というただ単純にそれだけのことではないか」
「少なくとも、それは当たっている」
「そう。そういう風に率直にいこう。気取るのはやめにすることだ。そうすれば、もっと気楽に、しかも能率的に話ができる」
「しかしね、私は最初から友好的だった。それをはねつけて敵意を先に見せつけたのは君の方だぞ」
「君の悪い癖だ。そんなのは表面上のことであって、どうでもいいことなのだよ。こんな経過に彼らはきっと失望しているぜ」
「私の言いたいのもそれだ。他人の見ている前で兄弟ゲンカはよそう」
「こんなことはこれ以上言いたくないんだが、君と私は血のつながりとか、それに類した関係によって結びつけられているという幻想は捨てることだ」
「君の言いたいことは分かった。とにかく二人きりの話ができるのか確認してからのことだ」
私は立ち上がり、部屋を探り始めた。こんな機会を彼らが見逃すはずがない。どこかで、何らかの方法で、彼らは私たちを見、私たちの話を聞いているのだ。しかし、マイクやカメラのたぐいは見つからなかった。
彼が言った。
「たぶん、この部屋そのものが観察装置になっているんだろう。彼らは私たちの脳の中までのぞいているかもしれないな。彼らは私たちを決して手放そうとはしないだろう。私たちは常に見られ聞かれている。二人だけの秘密などは成立し得ない」
彼の皮肉なまなざしに私は腹が立った。
「こんなことは最初からに気づいておくべきだったといって私を責めることはできないぞ。君は私と同罪なのだから」
「分かっているさ。仕方がない。見られ聞かれていることは覚悟で話せばいい」
「何を」
「君の思っていること、君のしたいと考えていたこと、君の野心について」
「何のことかな」
「君の力が倍になれば、何でもできるということ」
「今さら何を言い出すやら。世界をこの手に、か」
「それを考えていなかったとは言わせない」
「今では、何一つできるとは思えなくなった」
「そうだろうな。君に必要なのは君に従順な頭脳と肉体だけだったのだから。君は自分自身の思いやりのなさ、我慢のならない自負に気がつくべきだった」
私は早くこの部屋から出たいと思った。この相手には二度と会いたくない気持ちだった。彼に対して感じるのは憎しみと嫌悪。私は立ち上がった。
「今日はこれくらいでいいだろう。今後の予定は彼らと話し合ってみるよ」
彼は私の手をつかんだ。
「待てよ。まだあるのだ。君の性向の中で最も激しく、最も満たされていることを欲しているものを私は知っている。私たち二人になったおかげで、理想的な形でそれを達成することができる。それを彼らにも見せてやろうじゃないか」
「何をしようというのだ」
私は彼の手を振り払った。
「君は知っている。君は気づいている。だから私から逃れようとしてる」
「何を馬鹿なことを言っている」
「恥じることはない」
彼は迫ってきた。私は彼が何を望んでいるか分かっていた。そして、それに私がどのように答えるかを。
「近寄るな」
「偽るのはよせ。君自身を解放するのだ」
私の弱々しい抵抗は彼に抑えられてしまう。彼は私を優しく抱き、口づけした。私は彼の体に手を回した。私は悟った、どんなにか私は私自身を愛し、私自身に愛されたいと願っていたことか。
彼は静かにほほえむと、ゆっくりと私をベッドに横たえた。