マーケット
入ってきたのは102型のロボだった。ハシボーと呼ばれているやつだ。なぜそんな名がついたのか誰も知らなかった。人間なら分かるかもしれない。店の主人は二、三度またたいて眼型センサーのほこりをぬぐった。客はまっすぐカウンターへ来た。
「なにがご入り用で」
「バッテリーがほしい」
「支払いの手段を何かお持ちですか」
「体で払う」
「OK。どこにします」
「手か足」
「動くのがつらくなりますよ」
「かまわない。全然動けなくなるよりましだ」
「利き腕は三個、利き腕でない方は一個、足はどちらも二個。利き腕はどちらで」
「右手だ。左手にしてくれ」
「OK。じゃ、そっちへ入って下さい」
主人はカウンターの横の入り口を指した。客はためらわず入っていく。主人も客の後から入った。中は手術室になっている。客は振り返ると主人の首筋にレザーメスをあてた。道具台の上に置いてあったものだ。
「バッテリーをよこせ」
「ただでは渡せません」
「お前の中のやつでもかまわない」
「私を壊したところでバッテリーは手に入りませんよ。私のバッテリーはあなたには合いません。そして、あなたには金庫は破れない」
客はメスを台に戻した。主人はそのメスを手にして言った。
「右手にしておきなさい。左手だったら一カ月後に右手か足を失うことになる。右手だったら三カ月は他の3本が使える」
「右手は必要だ」
「OK。脳内パワーは切っておきますか」
「いや、そのまま」
「信用しないんですね。かまいませんよ、痛い目をするのはあなたですから」
主人は手慣れた動きで人工皮膚を切り、配線を解除し、人工骨の接続をはずした。客の体がときどき振動する。最後に腕のなくなった肩の傷跡を縫合する。はずした腕をかかえて主人は奥へ入り、バッテリーを持って出てきた。
「はめてあげましょうか」
「いや。バッテリーが必要なのは私ではない」
客はバッテリーを受け取ると出ていった。主人は客の出ていった後の空虚な入り口を見ながらしばらく動かなかった。まるで解けない謎を繰り返し問いかけてでもいるかのように。
「いったい誰のために」