井本喬作品集

普通の探偵

 出動指令があったとき、相棒のカトーは床の上で瞑想の最中だった。足を組み、ひざに手を乗せ、目をつむり、呼吸を整える。私は落としてしまったレザーペンの芯を探して机の下を這い回っていた。私たちにお呼びがかかるなんてめずらしいことである。犯罪捜査はロボに全ておまかせ、人間が必要とされるのは彼らがお手上げのときだけ。機械を出し抜くような犯罪者はめったにいない。

 現場は近かったので私たちはソーサーに乗って出かけた。ガードバーを上げ、光と音を盛大にばらまきながら加速する。現場は郊外のお屋敷。広い敷地の中央にキラキラ光ったドーム。球形住宅で、その三分の二は地中にある。私たちは誘導路へ入りソーサーから下りた。

 カトーはドアに向かって言った。

「警察だ。開けろ」

 ドアは無言で開いた。識別装置は正常のようだ。中に入ると広間になっていて、ロボが待っていた。

「お待ちしていました。私は第21分署のロー刑事です」

「俺はカトー、あいつは相棒のオーシオ」

「知っています。連絡を受けていますから」

 カトーは気を悪くして黙った。ロボの抜け目なさにはいつも悩まされる。彼等に腹を立ててもしょうがないが。カトーに代わって私が言った。

「ここで待つように言われたのか」

「いいえ、あなた方の事務所へ行ったのですが、既に出かけられた後だったので追いかけてきたのです」

「追いこしたわけか」

「私たちは慣性路を使いますから」

「なるほど。では、捜査結果を聞かせてくれるか」

 ローは私たちを建物の最上階に案内した。昼間はサンルームになるらしく、外の景色が薄い青色に染まって見えている。中央に寝椅子があり、椅子と床に血痕が残っていた。

「被害者はこの寝椅子の上で鋭利な刃物で刺されて死んでいました。検死報告はお読みですね」

 ローは私の腕のケータイを示す仕種をした。ロボと違って私たちはマルチシステムではない。ケータイのデータを見る暇などなかった。

「後で見よう」

「被害者はスズキキヨシ。この家の所有者で、唯一の居住者です。引退した経営者で、資産家です。三度結婚し、三度離婚しています。子供は娘が一人、孫、つまり娘の子供が一人います」

「続けてくれ」

「家が緊急連絡を発したのが昨日の午後九時十七分。三分後に救急隊と警官が到着しましたが、被害者は既に死亡、家には誰もいませんでした。凶器も見つかりませんでした」

「家の記録は」

「昨日は出入りの記録はありません。しかし、犯行時刻前後にわずかな換気と温度調節の変化があったので、誰かが侵入したのは間違いありません」

「映像と音声の記録は」

「被害者が嫌っていたので、この家にはその機能がつけられていません」

「それは残念だ」

 カトーが口をはさんだ。

「壊して入ることはできないのか」

「よっぽど強力な爆薬なら。しかし、建物には破壊された跡はありませんでした」

「目撃者は」

「当たってみましたが、この辺りは日中でも人通りがないですから」

「被害者の交友関係はどうだった」

「被害者の弁護士からの情報ですが、被害者は最近はほとんど外出せず、人にも会っていませんでした」

「家族とは」

「娘とは仲が悪くなっていました」

「君の意見を聞かせてくれ」

「被害者に抵抗の跡が見られない点から、顔見知りの犯行の可能性が高いです。犯人は冷静に犯行を行っています。たった一突きで死に到らしめています。凶器は見つかっていません。発作的な、感情的な犯行ではなく、計画的だということを示しています。家の申告によれば、盗難にあったものはないようです」

「それだけのことが分かっているなら、犯人を見つけるのは簡単だ」

「しかし、どうやって侵入したのかを証明できません」

「不可能犯罪か」

「そうです」

「だとしたら、これはわれわれの仕事ではない」

「私たちの仕事でもありません」

「意見は一致した。あとは連中にまかせよう」

「事件の引き継ぎをしたいのですが」

「そうか、それでわれわれが呼び出されたんだな」

「そうです。私たちは不可能犯罪に関しては一切関わってはいけないことになっています」

 ローの言い方は不満そうに聞こえた。不可能犯罪は人間の捜査官が関連部局へ連絡することになっている。カトーはローに向って言った。

「なんてこった。子供の遣いをさせるために俺たちを呼びつけたのか」

「仕方ありません。お互いに義務を果たさねばなりませんから」

 カトーが何か言いかけるのを私はとめて、サンルームから引き上げた。後に残るローに私は言った。

「気を悪くしないでくれ。ああいう言い方が癖なんだ。悪気はない」

 ローは答えた。

「私たちは気を悪くするなんてことはありません」

 愛想のない野郎だ。

 時間犯罪局は一般の人には謎の機関である。存在は知っているが、どこにあり、何をやっているかは知られていない。その大きな原因は局の秘密主義にある。接触が可能な私たちでさえ、実体がよく分からない。

「ご存知のように、彼等は我々との接触を極度に嫌います」

 時間犯罪局のタニザキ担当官は分かり切ったことをくどくどと説明し始めた。

「彼等が我々と交渉を持つのはやむを得ないからです。必要最小限、しかも彼等の認めた必要に応じてしか連絡は取れないのですよ」

 カトーがタニザキをさえぎるように言った。

「彼等が職務に忠実なら、嫌がりはしないでしょう。それとも、こんな事件は歴史の改変にはならないのですか」

「時間犯罪であるなら、どんな小さな事件でも彼等は乗り出してきます。問題は、それが時間犯罪であるかどうかです」

「私たちが知りたいのもそれです」

「それは難しいですね。時間犯罪でないということを我々に知らせるのも、歴史の改変になる可能性はありますから」

「そんなことを言うなら、時間犯罪であるかないかをお互いに伝えられないから、捜査などできないじゃないですか」

「彼らの目的はそうなのです。我々に知られることなく、歴史への干渉を排除すること」

 私が口をはさんだ。

「では、もしこれが時間犯罪だとしたら、彼らが解決するから放っておけばよいわけですね。しかし、時間犯罪でなければ、別の方向で調査をしなければならない。もし私たちが時間犯罪ではないのに放っておいたり、時間犯罪であるのに捜査をしたりしたら、歴史の改変につながりませんか」

 タニザキはそんなことは先刻承知しているといった顔で私を見た。

「時間犯罪というのは常に解決されています。だから、解決されていなければ、それは時間犯罪ではないのです」

「では、われわれの認識できる範囲内では、ということは事実上全ての犯罪は、時間犯罪ではないというわけですか。それじゃ、何のために時間犯罪局なんてものがあるのですか」

「紛争処理のためですよ。未解決の事件を時間犯罪だと言い立てて利益を得ようとするケースが、政治問題から相続訴訟までわんさと起こっていますからね」

「犯罪捜査とは関係がないわけか」

「そうとも言えません。警察が時間犯罪のせいにして捜査をサボったりしたら、被害者の訴えを取り上げることもあります」

「では、こういうことですか。警察が事件を時間犯罪だと判断する。ところが時間犯罪局は時間犯罪ではないと言う。この二つの部局の意見対立があった場合は、常に時間犯罪局の意見が正しい」

「そういうことです」

「では、今回の事件は時間犯罪ではないのですな」

「解決していないから、そうでしょう」

「正式な書類をいただけますか。今回の事件はわれわれもロボ捜査官も不可能犯罪だと認めている。時間犯罪ではないとしたら、超能力犯罪ということになる。超能力犯罪局の協力を得るには、時間犯罪ではないという証明が必要だ」

「証明ね。私の説明だけではだめですか」

「超能力犯罪局にかけあってくれますか」

「彼らを説得するのはなかなか難しい。しかたがないですね。事件の記録を下さい」

 私はケイタイを操作してデータをタニザキの機器に入れた。タニザキは画面を何度かタッチしてデータを加工し、送信した。

「彼らがこの通信スポットを読むのがいつかは分かりません。明日か、一か月後か、一年後か、百年後か。しかし、返事はすぐにきます」

 タニザキがさらに操作をすると、モニターに文書が写った。

「ハードコピーにしましょう」

 プリンターから出てきた紙には以下のことが記されていた。

 問い合わせ者:20xx年6月24日 時間犯罪局 緑支部 タニザキ

 問い合わせの件:20xx年6月23日 緑州椿地区 スズキキヨシ殺害事件

 返答:上記事件は時間犯罪ではない。

  カトーはその紙を見ながら、不満そうに言った。

「これがトリックでない証拠はあるんですか。こんな文書は誰でも作れる」

「疑うのは勝手ですが、時間犯罪局は正式な機関ですからね。信じないというなら、協力など依頼しないことです」

 私はカトーを引き下がらせた。

「申し訳ない。刑事というのは疑り深いのです。もっと具体的な証拠が欲しかったのですが」

「タイムパトロールの証言が聞けるとでも思っていたのですか。彼らには私でさえ接触できないのですよ。その文書を信じていただくしかありませんね」

 私は重ねて礼を言い、カトーにも頭を下げさせて、時間犯罪局から引き上げた。超能力犯罪局の連中がこの文書を信用してくれればいいのだが。

「信用するわよ」

 連邦警察超能力犯罪局捜査課のルリコは言った。彼女とは時々協力捜査をするので親しい仲である。

「こんな文書は誰でも作れるけど、わざわざ偽造する理由は見当たらないわ」

「では、この事件を引き継いでくれるね」

「結論から言うと、この事件は超能力犯罪ではないから、あなた方が担当しなければならない」

 私たちは文字どおり飛び上がった。

「何だって」

「私たちはこの事件についてもう調べたの。この事件に関しては超能力者は関係していない」

「なんで断言できるのだ」

「私たちは断言できるの」

「その根拠をもっとくわしく教えてくれ」

「教えることはできない。超能力者に関する情報は国家機密よ」

 短気なカトーがいきり立つ。

「ああそうかい。時間犯罪局はこの事件は時間犯罪ではないと言う。超能力犯罪局は超能力犯罪ではないと言う。だとしたら、われわれが一般犯罪ではないと言ってもいいわけだ。勝手にしろ」

 カトーが怒るのは無理もない。しかし、私はルリコが隠したがるわけが何かあると思った。

「こちらが依頼する前に調査したのは、理由があるのか」

「特にないわ。時にはそういうこともある」

「違うな。被害者の関係者に超能力者がいたのだな」

 ルリコは答えなかった。

「教えてくれ。このままでは捜査は進まない。君たちの言うことを信じさせてほしい」

 ルリコは私を見、カトーをちらと見、また私を見た。

「絶対に秘密は守ってね。私の判断で捜査に必要な情報として教えるわ。被害者には孫がいたでしょう。彼にはテレポーション能力がある」

 私たちは再び飛び上がった。

「何だって」

「でも、彼は犯人ではありえない。彼は表向きは食料庁の職員だけど、今の仕事は超能力開発研究所で実験を手伝っているの。犯行時刻の前後、彼は五人の専門家と三人の仲間と一緒だった。いかに超能力者でも、ごまかしのきかない相手だわ」

「能力によっては、犯罪に一分もかからない」

「あなたたちなら、私たちが彼らに何をしているかうすうす知っているでしょう。超能力者に対する方針は、お互いを牽制させあうこと。超能力者の敵は超能力者なの。超能力者の仕事のほとんどは、超能力者の犯罪の予防と摘発よ。この点に関しては国家間の対立はなし。国際協力は模範的だわ。私たち一般人の彼らに対する恐怖心のなせるわざよ。全く無駄な話ね。人類は素晴らしい力を持っているのに、その力を押さえるためだけにしか使っていない」

 私はルリコの哲学的意見を無視した。

「孫が犯人ではないとしても、他の超能力者が犯人という可能性がある」

「むろん、それも調べたわ。超能力者は、超能力者であることが分かった時点から、常に監視され管理されている。誰がどのような能力を持ち、どこで何をしているかは、常に把握されている。彼らのほとんどは政府機関のエージェントになっている。管理から逃れた者、能力を他人に悟られないでいる者は、いるとしてもごくまれで、たぶん、いないでしょう」

「彼の母親、被害者の娘は超能力者ではないのだろうね」

「彼女は違う。息子が超能力者であることは知っているけど。祖父は孫の特異性を恥じていた。愛情は持てず、むしろ憎んでいたようね。それが原因で、娘との関係も悪化していた。確かに動機は十分にある。超能力者にとって相続財産は魅力なの。一般人が彼らの能力によって不利益を被らないように、彼らは消費以外の商取引は禁止されている。だから、彼らのつける職業は限られている。しかも、私たちが裏から圧力をかければ、誰も雇おうとはしない。彼らに残されているのは、私たちが提供するものだけなの。相続財産は彼らが私たちの干渉から逃れる唯一の手立て」

「動機としては弱い。祖父が死ねば財産が手に入るのだったら、死ぬのを待てばいい。殺す必要はない」

「どっちにしろ、彼は犯人ではないのだから」

「彼に会うわけにはいかないだろうか」

「それは無理。彼を巻き込まないように指示が出ているの」

 捜査は行きづまった。密室の中での殺人。時間犯罪でも超能力犯罪でもない。われわれに何が出来る。

 やがて被害者の娘が財産を相続し、喜んで息子に使わせた。彼は依然として当局の監視下にあるが、優雅な暮らしをしているらしい。

4

 悪夢で目がさめた。どんな夢かは起きたときには忘れていた。誰かが傍にいる。その気配で目がさめたのだ。何をするにも遅すぎると思ったとき、鋭い音がして、傍にいた人間が倒れた。

「明かりはつけないで」

「誰だ」

「タイムパトロール。君にはおわびをいわなくてはならない。われわれはミスをした」

「いったい、何ごとだ」

「そこに倒れている男、眠っているだけだが、それがスズキキヨシ殺害の犯人だ。被害者の孫だ」

「こいつを連れてきたのか」

「違う。こいつは君を殺しにきたのだ。手続き上、この時点でしか対処できなかった」

「何でタイムパトロールが超能力犯罪にかかわるんだ」

「われわれは時間犯罪を摘発した」

 私の狭い寝室には数人がいるらしく、別の人間が倒れている男を連れ出した。

「どういうことか、説明してほしい」

「だめだ。本来ならこの状況でさえ君は見ることができないのだ。では、失礼する。お騒がせした」

「待ってくれ、何で私が狙われなければいけないのだ」

「君が事件を解決するからさ」

 テーブルを囲んで、カトー、タニザキ、ルリコそしてローがすわっていた。私は事件の経過を説明した。

「今度の事件の特徴は、不可能犯罪であることを犯人が隠そうとしていないことです。不可能犯罪であれば、かえって犯人を特定しやすくなるから、普通なら不可能犯罪であることを隠すはずです。たとえば死体が家の外にあれば、誰も不可能犯罪とは思わない。ところが、時間犯罪局も超能力犯罪局も不可能犯罪であることを否定した。時間犯罪でも超能力犯罪でもなければ一般犯罪ということになる。ローと私たちは一般犯罪ではないと判断した。ロー、君の論理演算能力は私たちより優れているから教えてくれ。一般犯罪でも、時間犯罪でも、超能力犯罪でもない犯罪がありうるだろうか」

「定義によりますね。それ以外の犯罪の範疇がないとしたら、そんなことはあり得ない」

「では、こう聞こう。この事件が一般犯罪、あるいは時間犯罪、あるいは超能力犯罪ではないということはありえるだろうか」

「なるほど。分かりかけてきましたよ。ありえますね。例えば、時間犯罪かつ超能力犯罪である場合」

「そうだ。問題はそれなんだ」

 ルリコが叫んだ。

「そんな馬鹿な」

「考えてみてくれないか、時間犯罪局は時間犯罪であることは否定し、超能力犯罪局は超能力犯罪であることを否定したに過ぎない。両方の犯罪が使われたことを否定したわけではない」

 ルリコはなおも反発する。

「超能力が使われていないのだから、超能力プラス時間移行が使われたわけはない」

「タニザキさんはどう思います。黙っておられますね。タイムパトロールが摘発するのは時間犯罪だけです。一般犯罪が起こっていても、それを阻止はしない。超能力犯罪に対しても同じです。超能力犯罪であるということは、時間犯罪ではないという理由で」

 カトーがつぶやく。

「犯人はタイムパトロールが来ることを予測して、超能力を使って殺人を実行した。タイムパトロールは超能力犯罪には関わらないから。一方、超能力犯罪局を騙すには時間移行を使った。でも、タイムパトロールの連中はそんなに間抜けなのか」

「そこがこの事件の鍵さ。われわれは時間犯罪局の秘密主義のために、タイムパトロールの実態をよく知らない。そのため連中を買い被っている。連中のやることは完全で、時間犯罪は全て摘発されていると思っている。しかし実際は違うようだ。見逃されている時間犯罪は結構あって、小さな歴史の改変はしょっちゅう起こっている。連中だって神様じゃない。そうではないのですか、タニザキさん」

「その件については、ノーコメントにさせていただきます」

「そのお答えで十分です。お話したように、犯人は被害者の孫です。タイムパトロールの証言が得られるでしょう」

 だが、そういう私の結論に皆は納得できないようだった。カトーが疑問を発する。

「でも、犯人はどうやってタイムマシーンを手に入れたのだろう」

 私が答えられないので、谷崎氏が補足してくれた。

「時間犯罪については公にされることは禁止されていますので、それをご承知おき下されば説明いたします。たぶん、犯人は時間詐欺にひっかかったのです。祖父が何者かに殺害されて母親が遺産を相続する。その遺産で安楽に暮らそうとしていた犯人に、詐欺師が現れてこう告げる。祖父を殺したのは彼自身であり、時間移行で過去に遡って犯行を実行しなければならない。この申し出を断れば、いろいろ不愉快なことが起こる。例えば、もう既に済んでいる彼の犯行が明らかにされるかもしれない。彼は否応なく時間移行に大金を払い、祖父を殺す」

「でも、時間犯罪者にとって、今の時代のカネが役に立つのですか」

「時間犯罪の動機としては、純粋に歴史の改変を意図したものは少なくて、多くはカネ目当てなのです。未来の情報を過去へ戻って使えば、投資とか投機で大儲けができます。それを安全な資産にして未来に引き継ぎ、自分のものにする。しかし、情報が公開されるカネ儲けについてはタイムパトロールの目が厳しい。だからこういう犯罪が仕組まれるのです」

「時間犯罪者にとってはカネ儲けの種がごろごろしているわけか。それではタイムパトロールの手が回りかねるのも当然だな」

「そうでもないですよ。今回の事件は超能力犯罪を組み合わせた特別なケースだったので見逃されたようですが、時間犯罪の摘発率は高いのです。実は、時間犯罪というのは歴史の特定の時期の現象なのです。タイムマシーンが発明されてしばらくしてから、時間移行そのものを制御する方法が発見され、それ以降時間移行は出来なくなりました。タイムマシーンの可能な移行時間は延ばされつつあったのですが、改良もそこで終わりました。したがって、時間犯罪はタイムマシーンの使用が可能であった時期の前後、タイムマシーンの能力の届く歴史期間に限られているのです。時間犯罪局が特定の時期に創設されていて、際限なく過去にさかのぼることがないのもそのためなのです」

 徹底主義者カトーは今度はルリコにたずねる。

「超能力犯罪者はどう扱われるの」

「超能力の種類によって違ってくる。テレポーション能力の場合は容疑者となった段階で薬物で能力を抑止する。犯罪が立証されれば手術によって能力を喪失させる。それからは通常の権利が発生して裁判を受けられるようになる」

「では、彼は超能力を使えなくなり、しかも拘束されてしまう。オーシオ、君を殺すために未来から来ることは出来ないはずだ」

 その疑問に、今度はルリコが答えた。

「詐欺師は彼の母親を狙うのではないかしら。息子の犯行を暴いた刑事を殺せば、彼は助かると詐欺師に持ちかけられ、母親は残っている資産を提供する。詐欺師は母親の意向を受け、捕まる前の犯人に再び時間移行をさせる。しかし犯人はタイムパトロールに捕まってしまう。そして、そのことでオーシオが事件を解決する」

「まだ分からないところがあるんだが」

 瞑想にふけっているはずのカトーが声を出したので、私は机の下からはい出してきた。

「なぜ、タイムパトロールは二回目の犯行を知ったのか」

「私が事件を解決したからさ」

「そこがわからない。犯人にしたって、祖父が死んでいるのに、なぜ過去に遡ってもう一度殺さねばならなかったのか。第一、タイムパトロールが殺人を阻止していれば、こんな事件は消えてなくなっていた」

「さあ。何か理由があるのだろう。タニザキ氏は輪の閉じ方とか何とか言っていたが。あまり深く考えない方がいい。またこの事件に取り込まれてしまうかも知れないよ」

「そうだな」

 カトーは再び瞑想に入った。私は机の下にもぐりこんで、失われたものを探す作業を続けた。

[ 一覧に戻る ]