井本喬作品集

雪の道

 年末に雪が降った。北方の山地では積もっているだろう。雪の上を車で走りたかったので、出かけることにした。四駆にスタッドレス、恐いものなんかあるものか。

 冬になると、タイヤをスタッドレスに変える。私の住んでいる所に雪はあまり降らず、降っても積もることはめったにない。積もっても道の雪は車によってすぐ消されてしまう。だから、スタッドレスなど必要はないのであるが、持っているので使うことにしている。

 私がスタッドレスタイヤを持っているのは、滋賀県の今津町に赴任して、福井県境に近い職場に車で通勤していたことがあるからだ。そこは冬になると道に積雪し、除雪が間に合わないときがある。地元の職員のアドバイスを受け、窓の雪掻きの器具や、除雪用のスコップも買った。私がそこで過ごしたのは一冬で、その冬は雪が少なく、結局タイヤが役立ったのは二度ほどにすぎなかったが。

 地元の職員の乗っている車はほとんど四駆車だった。私も四駆車に乗っていた。もっとも、私が四駆車に乗っていたのは積雪期の通勤のためではなく、山へ行くためだった。私はずぼらな登山者なので、行けるところまで車で山を登り、頂上までの歩く距離を短くしていた。以前の車はセダンだったが、その車で鋪装していない林道を登った。荒れた林道は水が土をえぐって凹凸が激しく、車の底をすることが多かった。スタックした経験はないが、そのおそれはあった。だから、車を買い替えるとき四駆車を選んだのである。

 林道は狭いので、パジェロ、ランドクルーザー、ビッグホーン、デリカなどは大きすぎた。ラシーンは中途半端、ジムニーは小さすぎて巡航性に難があった。RAV4、CR-Vが売り出された頃だったが、まだ中古が出回っていなかった。(どうせ傷だらけになるのだから中古車でよかったのだ。)そこで手頃なエスクードの中古を買った。

 この車で雪の降る地方を雪の降る時期に旅行したのは二度ある。一度目は白川郷、二度目は妙高。

 白川郷へ行ったのは2001年1月28〜29日。東海北陸道(なんてややこしい名をつけるのだろう)の高鷲トンネルを越えた頃から路上にも雪が積もっていた。荘川ICで高速道を下りて156号を北上、荻町、菅沼の合掌造りの家々を見学、引き返して南下した。少し雪が降る中を、ほとんど車の通らない雪の道を走る。その日は石徹白への分岐を少し行ったところにあるペンションで泊まった。雪は夜も降っていたが、翌朝にはやんで晴れた。駐車場に停めた車に近づくには新たに積もった20㎝ほどの雪を踏んでいかなければならない。車の屋根にも雪は同じように積もっていた。長靴を借り、スコップで車を掘り出した。駐車場の脇の柵の中に犬小屋があり、一匹のダルメシアンがいた。柵の外から撫でていると、ペンションの男の人が犬を外へ出してくれた。犬は雪の中を走り回っては私の所へ来、また離れて走り回る。しばらくすると車が来て、中にもう一匹のダルメシアンがいた。妊娠しているので家へ連れて帰っているのだと、運転してきた女の人が言った。男の人は二匹の犬を綱に繋いで散歩に連れていった。

 桧峠への上り道はずっと以前に大日岳に登るために通ったことがある。桧峠の食堂の横に車を停めて、小雨まじりのガスの中を登った。あのときの桧峠への道は断崖にへばりついた危なそうな道だったが、今回は雪道であるにもかかわらずそうは感じなかった。桧峠は記憶とは違っていた。道も建物も改修されたのだろう。桧峠を下るとスキー場があり、さらに行くと石徹白の集落だった。集落は下在所、中在所、上在所と三か所に分かれている。中在所と上在所を結ぶ道で除雪車が雪を吹き飛ばしていた。その横をすりぬけて白山神社まで行く。白山神社は雪に埋もれ、道もそれ以上は行けなかった。

 妙高へ行ったのは2003年1月19〜21日。北陸道を通り、上越JCTから上信越道を南下、中郷ICまで行く。北陸道では雪は見られず、上信越道に入ると雪が現れた。雪はたちまち深くなるが、道は除雪されている。高速道を下りて18号線を走り、関・燕温泉への道を登って国民休暇村に着く。翌日は一日雪、休暇村の小さなゲレンデでスキーをする。夕刻前、付近を走る。関温泉、燕温泉、いもり池、赤倉温泉などをめぐる。どこもかしこも雪。

 雪は夜も降り続き、朝になってもやまない。車は雪にうずもれている。車を出すために、除雪されているところまで二、三メートルほど道を作る。除雪が追いつかず路面にも雪は積もっている。18号線では除雪車が走っていた。野尻湖に寄る。湖を一周する。北から右回りに回ったのだが、18号線に戻れず、道に迷う。道の雪は深くなり、雪原を走っているようだ。郵便配達の人がバイクを止めて立小便をしているのを見つけ、近くに止まって待ち、ファスナーをあげたところで道を聞く。それにしてもこんな雪の中をバイクで走るとは驚き。教えられた道をたどり18号線に出る。南下するにつれ雪は少なくなり、長野市内ではほとんど消えてしまった。

 私の住んでいるのは山裾だが、最近、山を削った住宅地の奥にトンネルができ、三田や篠山方面に行きやすくなった。トンネルを越えたら木々は雪をかぶっていた。これは期待できそうだ。車で頂上近くまで登れる山は、173号線沿いに三草山、大野山、深山がある。特に深山は雪が積もりやすい。173号線を能勢側から登りつめるとはらがたわトンネル、トンネルを抜けると天王という盆地であり、そこから道は篠山へ下っている。はらがたわトンネルを出たところに瑠璃渓への道が分岐し、その道を少し行くと牧場があり、その前から林道が山に入っている。林道は深山の登り口の広場に通じている。深山の頂上には電波の中継基地があり、そこまで車道があるが通行禁止になっていて、広場からの入口には柵があり錠がかかっている。たまたま雪の積もった日に柵が開いていたので車で登ったことがある。頂上では三人の男が模型のグライダーを飛ばしていた。動力はついていないグライダーを上昇気流に乗せ、無線でフラップや方向舵を動かして操縦していた。頂上の一画には垣で囲われた社がある。そこが最高地点なので垣に登ろうとしたら、「そこに入っちゃいかん」と男の一人に怒鳴られた。男たちは地元の人か、あるいは頂上に入る許可を得ている人なのだろう。社の神聖さを犯すつもりはなかったのだが、不逞の輩と見られてしまったらしい。

 深山よりももっと雪が期待できるのは多紀アルプスだ。猪名川から杉生、後川を通って日置で327号線に入り西へ、すぐに右折して分かれ北上していくと、三岳と小金ケ岳の間の峠を越える道になる。田畑は一面の雪原、路面にも積雪している。山に入ると雪は深くなり、杉の木は雪の塊をいくつもつけ、裸木は幹や枝に細く雪を乗せ、その中を道はくねりながら登っていく。路面の雪はタイヤが半分ほど埋まる深さ。誰か物好きか、やむを得ない用事かで、既にこの道を通った者がいて、わだちが二筋ついている。最初にわだちをつけられなかったのがくやしくて、わざとわだちを外して走る。

 峠に着く。駐車場とトイレがある。反対側の山々が見える。以前に、やはり雪のときここへ来たときに、男性が一人乗った車が止まっていた。しばらくするともう一台車が来てとまり、運転していた女性が下りた。女性はちょっとうろつくような仕草をしたが、男性の乗った車が動き出すと、車に戻り男性の車の後を追った。それは偶然だったのかもしれない。しかし想像をたくましくすれば、二人はここで待ち合わせをしたのだが、私という邪魔者がいたので場所を変えたとも思える。二人とも中年であり、こんな場所で待ち合わせるというのは、不倫の関係なのだろう。二人の住むところは山に隔てられていて、お互いを分つ山をそれぞれの側から登ってきて峠で会っているのかもしれない。なんてロマンチックな話ではないか。

 峠の反対側を降りる。北斜面なのでさらに雪は深い。誰もいない山の道を雪をけたてて走る。四駆よ、スタッドレスよ。

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