井本喬作品集

バイカモ(梅花藻)

  醒井でバイカモの花が咲いているのをテレビで取り上げていた。大津の近くに出かけたおりについでに寄ってみることにした。陽のあるうちには着けないかもしれないが、ライトアップをしているということだから暮れるのはかえって好都合だ。04年7月9日の午後7時頃、醒井の駅前の駐車場に車を停め、まだ暮れきってない中、案内標示に従ってバイカモのある川(地蔵川)を目指して歩く。少し行くと旧街道らしい家並の道の片側に溝のような流れがあり、のぞきこむと長く伸びてゆれている藻がバイカモのようだ。流れに沿って歩いて行くと、藻は塊となって連なっている。ところどころに花の咲いている塊がある。小さな白い花だ。数はさほど多くない。見物客が何組か来ていて、「今年は花が少ない」という会話を聞いた。

 地蔵川は通りの片側の家の前を流れ、それぞれの家の入口は小さな橋で通りとつながっていた。流れを遡って行くと問屋場だった資料館があり、さらに行くと「居醒の清水」という湧水池がある。地蔵川はここから流れ出している。その上の高台になったところに加茂神社があり、名神高速道が隣接している。高速道の建設にともなって今のところに移転したらしい。

 暗くなると何か所かがライトアップされた。資料館の前は流れにじかに接することができ、近くで花を見ることが出来る。底がガラスになった浅い箱が流れにつながれて浮かび、水中の花をくっきりと見せていた。流れの中をケータイのカメラで気軽に写す人もいれば、三脚に乗せたカメラで慎重に狙う人もいる。ライトアップ目当ての見物客が増えてきたようだった。雷が鳴った。暗い空に雲が満ちているようだが、まだ雨は落ちてこない。そろそろ帰ることにした。

 雑誌に加美町のバイカモのことが載っていた。写真を見ると醒井よりも広い川のようだった。今年はバイカモにこだわろうかと思い、見に行った。7月17日、中国道を滝野社で降り、427号線を北上、西脇市、中町を経由して加美町に入る。加美町役場を過ぎ、門村(千が峰の登山口への分岐)を過ぎても、何の標示も見つけられない。雑誌に載っていた簡単な地図ではこの辺りのはずなのだが。道路に面した家で大工作業をしている人を見かけ、車を止めて聞いてみる。バイカモと尋ねてもすぐに反応はなかったが、水の中に咲いている花と気づいてくれて、場所を教えてくれた。来過ぎてしまっているので引き返し、杉原谷小学校の手前を左(東)に入った道沿いにあるとのこと。教えられた通りに427号線と並行して走る一車線の幅の道に入る。旧道らしく両側に家が並んでいるが、何の標示もない。ゆっくりと走って行くと、道の西側に溝が流れている。ひょっとしたらと思って車を下りて見るとバイカモがあった。百メートルほどの間、溝のところどころにバイカモが生えている。花は咲いているが数は少ない。落ち葉などのゴミがつき、アオミドロのようなものが取り付いているものもあり、何の説明も保護の跡もなく、拍子抜けするようなぞんざいなありさまだ。もちろん観光客などいなく、いるのは私一人である。場所を間違えているのかとも思い、小さな男の子を連れたその子の祖母らしき女性が通りかかったので聞いてみたが、どうやらここ以外にはないらしい。

 ゴミや他の植物を除去しているという会話を醒井で聞いたが、観光客を呼ぼうと思えばそのような世話は必要なのだろう。こんな風に放ったらかしにされているのは、以前からのものなのか、あるいは観光地化の試みの挫折の跡なのかは分らない。だが、誰も気にとめていないようなこの状態は、それはそれでいいのかもしれない。はるばる出かけて来て期待はずれだったが(紹介記事を載せた雑誌は、たぶん現地取材をしていなくて、使っていた写真は別の場所のものだ)、少なくとも話の種にはなる。

 それからしばらくして、正確には9月10日のことだが、市立病院の横にある健康センターで健康診断を受けた。その帰りに時間があったので近くを歩いてみた。健康センターの前を走っている176号線を少し行くと、小浜宿へ入る橋がある。橋の上から川の中をのぞいてみると、一面に藻がおおっている。藻には白い花が咲いている。何と、バイカモではないか。その花を求めて醒井や加美町くだりまで出かけて行ったのだが、こんな近くにあったとは。

 その川は大堀川と言って、台地になっている小浜宿を囲むように流れている。私がバイカモを見つけた橋(大堀橋)を渡ってすぐに南門跡があり、上流の国府橋の傍の北門跡にまでまっすぐに道が通じている。国府橋は明治8年9月開通と記されている。ここで川は台地を削っていて、橋は河床よりかなりの高さがある。橋の宿側のたもとに人一人通れるほどの幅の急な坂道(いわし坂という名がついている)が下の小さな橋に通じている。その橋から見ると、川は切り通しのように両側が崖になって、見上げると国府橋がかかっている。両側の崖には木が高く生え、この小さな渓谷を覆っている。川の水はあまりきれいではないが、景色としてはいい。辺りを整備して別荘でも建てれば素敵な隠棲地になるだろう。

 この国府橋のすぐ下流からバイカモらしき藻が大堀橋まで続き、さらに下流にまで生えている。おかしい、と思った。バイカモの生える川にしては水がきれいではない。それに、これほどの群落があるなら観光関連の人間が放っておくはずがなく、地元に住んでいる人間が知らないということはなかろう。花が咲いているのは大堀橋の近辺だけなので、戻って花を再度見てみる。岸は石垣になっているので水面には近づけずよく見えないが、何かが違うような気がする。

 帰ってインターネットで調べてみたが、ホームページによって書かれてあることが少しずつ異なっていてよく分からない。バイカモに似ている水草にカモンバというのがある。金魚鉢によく入っている藻なのでキンギョモとも呼ばれている。(金魚草と書いてあるのもあったが、キンギョソウというのは別の植物の名である。)また、カモンバはカボンバと同じである。カボンバはフサジュンサイあるいはハゴロモモのことである。一方、キンギョモというのはマツモ、フサモ、カナダモなどのことである‥‥‥

 結局、大堀川の藻が何であるか分らず、それ以上調べることもしていない。

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