井本喬作品集

続バイカモ

 一昨年(04年)の9月に宝塚市立病院近くの大堀川で見た梅花藻のような花については、まだその正体が分からない。ところが、同じような花を新旭(滋賀県高島市)で見つけた。

 新旭にはきれいな水が流れている用水路があり、カバタという利用の仕組みがあるということは、NHKのテレビで知った。飼われている鯉が食器を洗った後の残飯を食べることや、ヨシノボリという小さな魚がそこで越冬することなども描かれていた。テレビで放映された番組は、三五郎さんという漁師の生活を中心に、琵琶湖の湖岸が美しく映し出されていた。私は新旭の近くの今津に住んだことがあったが、そういう風景は知らなかった。今年の6月に、用事のついでに新旭に寄ってみた。カバタ館というのが出来ていたので、その近くの藁園という集落を歩いてみたのだが、用水路はあるがカバタらしきものは見当たらない。帰って調べてみると、カバタがあるのは針江という地区のようである。そこに梅花藻が咲いているらしい。

 8月11日に、思いついて新旭の梅花藻を見に行くことにした。その日は金曜日で、お盆休みのハシリで車が混んでいた。ヒル前に出たのに着いたのは三時過ぎだった。集落のはずれのグランドの横に車を停め、用水路に沿って歩いた。三人の子供と魚取りをしている二人の女性(母親と祖母のようだ)に聞くと、水車のある辺りを教えられたが、梅花藻の花はもう時期が遅いと言われた。針江公民館の横の、観光用らしい水車の設置されている溝に、わずかに梅花藻の花が咲いていた。道の向こうに小川があって、豊かに水が流れている。そこにも梅花藻の掲示があり、見るとそれらしき藻があるのだが花は咲いていない。針江大川というたいそうな名前の、幅二、三mほどのその川の岸の道を下流へ歩いてみる。

 集落のはずれで五人ほどの子供たちが川で遊んでいた。二人が浮き具につかまって川の中にいて、三人が岸にいた。私が通りかかると、岸にいた子が何やら声を出した。「こんにちは」と言ったらしい。よく聞こえなかったので、返事があいあまいになった。田舎の子供たちはよそ者にもあいさつするようにしつけられているようだ。

 水は少し濁り出す。バイパスの高架をくぐる。畑地の中の道路と交わる橋を超えると川幅が少し拡がった。川一杯の水がゆるやかに流れている。汚らしい茶色っぽい藻が一面にゆらいでいる。そしてその藻に花が咲いていた。梅花藻に似ているのだが、藻の色はすがすがしい緑ではなく、水には白っぽい濁りがあって清流というイメージではない。それに梅花藻であるなら、何らかの宣伝があっていいはずだ。

 田畑の広がる中をしばらく行くと、針江大川は葦の茂みの中に流れ込んでいる。両岸の道はそこで曲がって川から離れている。左岸には家が並んでいた。家と川の間に、家の地面から一段下がった狭い通路があった。コンクリートの上に乾いた泥がついているので水の多い時は浸かってしまうようだ。通路の川の側は泥状の土で、木が生え、根を水につけているものもある。葦が岸近くまでせまり、ところどころ水路のような開けた部分が見える。壊れた桟橋なのか、木の杭に掛け渡した板が落ちている。水路でボート遊びをしている親子がいた。通路は家並みの切れたところで終わっていた。そこから家の表が面している道路へ出た。

 住宅地が広がっている。切妻の屋根に四角い煙突をのせたコテージ風の住宅がある。ログハウスやプレハブ住宅もある。家がまだ建っていない空き地も多かった。湖岸と内陸を結ぶ一本の道路がこの開発地を二つに割っている。その道路はすぐ先で湖周道路に出会う。

 湖周道路を南に少し歩くと、針江大川船溜というコンクリートに囲まれた小さな四角い一画があり、FRPの漁船が七艘つながれていた。さらにその南に水門があり、針江大川はここで琵琶湖に流れ込んでいる。水門の横にはポンプ室らしい建物がある。湖周道路の盛り土は、琵琶湖の水が周辺の土地に流れ込むのを防ぐ(というより、両者の間の水の行き来を分断する)役目を果たしているようだ。

 もと来た道を戻る。光線のかげんなのか、来た時よりも梅花藻もどきの花が目立つ。ひょっとしたら、これも梅花藻なのかもしれない。梅花藻はそんなにきれいな水でなくとも育つのではないか。しかし、清流にあってこそ皆が喜ぶが、汚い水の中の花では呼び物にならない。だから、あんまりきれいでない所に咲く花は無視されてしまうのではないか。

 一週間ほど前、醒井に行っていた。シモツケソウの花を見に伊吹山に行き、帰りに寄って梅花藻を見た。梅花藻の花は地蔵川の早い流れの中に沈んで白い小さな点としか見えない。問屋場跡の前の一株だけが、花を水面から出して黄色い内側を見せていた。駅の方へ戻る途中、「こちらにも梅花藻の花が咲いています」という小さな紙の表示を見つけ、脇道に入った。六方焼きを売っている店がある。先程表通りからそれていった地蔵川を渡る橋があり、その脇を水面近くへ下りると、梅花藻が咲いていた。花は多く、水面から出ている数も多い。しかし、岸の石垣に囲まれた窮屈な空間であり、立っているところも小さな畑の際。川が曲がっているせいか、水の流れも緩く淀み気味。日が容赦なく射すのですぐに引き返した。先程の店から二人の男の子が顔を出して私たちを見ていて、近づくと引っ込んだが、店の正面まで来ると、「六方焼きどうですか」と声をかけてきた。

 あの案内の紙は、この店の人が、客足を引くために貼っておいたのかもしれない。あの場所の梅花藻は、花だけを考えれば、他のところのに負けないだろうが、単にそれだけでは客を集めるのに不足なのだろう。まわりの雰囲気とか、いかにも清流であるという流れが必要なのだ。

 そんな風に考えると、注目されないまま、劣悪な環境の中で咲いている梅花藻というのが、あちこちにありそうな気がする。

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