六甲山の休日
新型コロナウイルス・オミクロン株の猖獗のさなかの日曜日、六甲山にドライブに行ってみた。弁解しておくと、今回のいわゆる第六波では、経済を回す必要から、不要不急の外出を控えるという政府の要請はない。
2月の六甲山を訪れる人は少ない。人工スキー場のスキーヤーか、積雪や霧氷を期待したハイカーぐらいである。少し前に積雪があったので、路面が凍結しているかもしれない。無理なら引き返すつもりで、東六甲ドライブウェイを登る。路肩に雪があったりするが、走るのに支障はない。路面が白くなっているところは塩カルがまかれているのだろう。登りでは自転車で登っている人を見かけ、登りきるとハイカーが結構いる。六甲連山は東西に細長く伸びていて、ドライブウェイは登山路と部分的に重なっている。
お目当ては六甲ケーブルの山頂駅近くに新しくできたカフェだ。斜面が広く切り開かれて、駐車場と小屋風の白い壁の建物がある。大きな木が間隔を空けて残されているので林の中という雰囲気だ。車の温度計はマイナス1度になっている。他に車はない。
中へ入ると、くの字型の空間に四脚ほどのテーブルとカウンター席があるだけの小さな店だ。アベックの先客が一組いた。建物の外観からすると意外に狭い空間である。奥の方にも部屋があるようなのだが、カフェとしては使ってないらしい。少ないメニューの中からビーフシチューを注文する。
外にはパラソル付き(今は閉めてある)のテラス席がいくつかあり、一番近いところに大きな黒い二匹の犬を連れた二人の女性が座っていた。女性たちはダウンジャケットを着ているがハイカーのようではなく、近所の別荘の人かもしれない。太った方の犬はおとなしく寝そべっていたが、細身の方の犬は何かをねだるように一人の女性にまつわりついている。注文したハンバーガーが運ばれてくると犬たちは興味を示し、女性たちは犬を避けながら食べ、犬には別に餌を手で与えていた。
食事を済ませて外へ出て、犬たちに近づいてみる。私は犬好きなので大型犬でも怖くはない。寄ってきた犬の頭を撫でてやる。女性たちに犬の種類を聞いたが、一回では憶えられない長い名である。後で調べてみると、太い方の犬はバーニーズ・マウンテン・ドッグ、細い方はフラットコーテッドレトリバーという種類らしい。
道路の向こうにあるケーブルの駅へ行ってみる。横につながっているテラスが天覧台である(昭和天皇が来たことから名づけられた)。ここは山頂の峰からは一段下がったところなのだが、南斜面にあって素晴らしい展望だ。阪神間の陸地の向こうに鉛色に広がる海は、光のかげんと水面の状態の違いからまだら模様になっている。
車に戻り、道を先に進む。旧六甲山ホテルがリニューアルされたことを聞いていたので行ってみることにした。驚いたことに本館(新館)がなくなっていた。近代化産業遺産に認定された旧館だけが周りに邪魔者もなくすっきりと建っている。現在はホテルとしては営業しておらず八光自動車工業の所有となっている。一帯は六甲山サイレンスリゾートとして整備予定で、ドーナツ状のホテル、カフェテリア、コンサート場、教会などが建てられる計画があるらしいが、新型コロナ禍などの影響で遅れているようだ。以前はホテルの付属施設だったバーベキューレストラン「ジンギスカンテラス」は「空のダイニング」として営業している。
旧館を正面から見ると、建物の基部は石が組まれた壁になっていて、そこにも窓がある。三階建のように見えるが基部は地下室らしい。正面玄関はこの基部に作られてある。裏に回ってみると、地面が高くなって基部が隠され、二階建てらしくなっている。裏からの入り口は一階のレセプションエリアに通じている。二階にはカフェテリアがある。一階中央から堂々とした階段が正面玄関に下りている。この階段はホテル開業時のいつからか板が張られて隠されてしまっていたとのこと。いまは正面玄関から階段を登って一階に行くこともできるが、地下はスタッフ専用になっている。一、二階とも部屋がいくつかあるが、リフォームされているので、ホテルのときの構造がどうだったかは分からない。一部は輸入雑貨の販売や簡単な展示などにあてられているが、この建物をどう使うかは試行錯誤の段階のようだ。
二階のカフェテリアの天井にはステンドグラスの明り取りがある。私たちは窓際の席に座り、イチゴパイとドリンクのセットを注文した。窓の外には大きな木が茂っていて眺望を邪魔しているが、雰囲気はいい。この時期だからか客はまばらだ。
六甲山ホテルは1929年に宝塚ホテルの分館として開業した。いずれも古塚正治の設計である。両ホテルは早い時期に阪急が引き継いだ。六甲山は阪急と阪神が開発を競い、阪神は1934年に六甲オリエンタルホテルを開業した。現存するケーブルカーは六甲越有馬鉄道(阪神系列?)によって1932年に設置されているが、六甲山郵便局の位置には1931年に阪急の設置したロープウェイがあった。ケーブルカーもロープウェイも戦時の金属供出により廃止となったが、戦後ケーブルカーのみが復活した。2006年の阪急阪神経営統合の後、六甲オリエンタルホテルは六甲山ホテルと競合するとして2007年に閉鎖し、付属施設である風の教会(安藤忠雄設計)を除いて解体された。さらに六甲山ホテルも2016年八光自動車工業に譲渡され、2017年に営業を終了している。
六甲山は別荘や企業の保養施設などでにぎわっていたが、バブル崩壊後さびれてしまった。神戸市は六甲山という観光資源を活用しようといろいろな再開発プランを立てている。六甲山スマートシティ構想もその一つで、オンラインを使ったビジネスを誘致しようというものだ。私たちの行ったカフェもその計画に含まれていて、ビジネス用の施設も予定されているらしい。観光だけには頼れないということか。
六甲山には、東から西へ、六甲ガーデンテラス、六甲山アスレチックパークグリーニア(冬季は六甲山スノーパーク)、六甲高山植物園、ROKKO森の音ミュージアム、神戸ゴルフ倶楽部、六甲山牧場、森林植物園などが並んでいる。他に、車ではアクセスできないが、神戸布引ハーブ園もある。車以外のアクセスは、六甲ケーブル、六甲有馬ロープウェイがある。ハイキングコースは選び放題だ。
六甲山の一部になるのだろうが、摩耶山にも「まやビューライン」(摩耶ケーブル・ロープウェイ)がある。山上にあった忉利天上寺への参詣路線であったが、同寺は1976年放火により焼失、やや離れたところに再建されたものの、往時の賑わいはない。ケーブルとロープウェイの乗換駅「虹の駅」近くに、2021年に国の登録有形文化財となった旧摩耶観光ホテルがあり、廃墟ブームで一部に人気となっている。
これらの観光資源をどう組み合わせるかが課題なのだろう。新型コロナウイルス禍の影響もあってこの先どうなるかわからないが、六甲山が活性化されることはうれしいことだ。私自身は身体の状況で歩き回ることはできなくなってしまったが、誰もが何度も訪れたくなるような魅力的な場所になってほしい。