ロープウェイの山(木曽駒ケ岳・御岳)
2006年10月18日、権兵衛峠を越えて伊那から木曽へ入った。トンネルができて便利になったこの道を4月にも使っていた。そのときは開田高原を通って一之宮の臥龍桜を見に行ったのだが、今回は目的地を決めてはいなかった。木曽駒ヶ岳から降りてきて、すでに午後3時だ。木曽で一泊する予定はなかったので、日が暮れるまでにどこかへ行けるところまで行って、それから夜道を帰ることにした。御嶽山の麓はどうだろうか。春に九蔵峠から見た、雪をかぶった御嶽山の堂々とした姿が思い出された。眼下の深い谷まで裾野が広がっていた。
19号線を木曽福島まで南下する。福島トンネルの工事のため交互一方通行になっていて、岐路の手前で渋滞になる。渋滞を抜けて王滝方面に右折したときには4時になっていた。いくつかの分かれ道を道標に従って曲がり、御嶽ブルーラインという山の中の道に入る。鹿の瀬温泉という一軒宿を通るが、私の車のカーナビはここまでしか道を表示していない。遅い紅葉が始まっている道をさらに行くと、道路工事で交互一方通行の信号が三カ所ほどあり待たされる。冬に備えての補修だろうか。ようやくロープウェイの施設に着く。
広い駐車場には数台の車しか停まっていない。登山靴をはいた夫婦が一台の車の傍にいた。建物から出てきた男の人が、「やっと間に合いました」と彼等に話しかけた。「‥‥(聞き取れなかった)まで長かったですねえ」と会話をしている。登山道で知り合ったようだ。駐車場の前の建物に入ってみると、食堂や土産物の店があって、ロープウェイの発着場はその裏にあった。乗車はすでに終了していたが(4時半まで)、ゴンドラは動いていて降りてくる客がまだいた。
このロープウェイを使えば頂上までの距離をかなり短縮できるのだろう。御嶽山には一度濁河温泉から登ったことがある。後で調べてみるとロープウェイの開業は1989年12月であり、私が御嶽山に登ったのは1991年の夏のことである。あえてロープウェイを使わないという選択をしたのかどうかは忘れてしまっていた。
かつては乗り物で頂上近くまで行けるような山は登山の対象として除外していた。そんなものに頼って安易に登る気にはならないが、そういうものがあるのに下から歩いて登るのも馬鹿らしい。そういった覇気のような、もしくは稚気のような気持ちを保持していたのはいつ頃までだったろう。最近は歩く距離を縮めてくれるものなら何でもありがたい。木曽駒ヶ岳に登るのを長い間ためらっていたのは、ロープウェイがあったからだが、今年になって登ろうと思い立ったのは、ロープウェイがあるからだった。
8月は暑い、9月は台風が来るかもしれないと思っているうちに、10月になってしまった。連休に北アで降雪があり遭難者が出た。ちょっとひるんだが、天気が続きそうなので、休日を避けて17日に出かけることにした。予約してあった伊那市駅の近くのビジネスホテルで泊まり、翌朝8時の一番のロープウェイに乗るつもりだったが、ホテルで朝食を取ったので、出発がやや遅れる。ホテルから黒川平のバス乗り場まで30分ぐらいかかった(ここから先、ロープウェイ乗り場のあるしらび平までの道は、乗用車は通行禁止になっている)。バス停には私の他に夫婦連れと三人連れがいたが、8時16分のバスは満員に近く全員は乗れない。次のバスがすぐ来るらしいので三人連れは残り、乗った私たちは補助席に座った。バスは曲がりくねった細い道を登り高度を上げていく。今年は紅葉が遅いが高いところでは既に赤や黄色になっている。35分ほどでしらび平に着き、9時のロープウェイに乗る。満員である。椅子はたたまれて全員が立ったまま。7分ほどで千畳敷に着く。
千畳敷のカールを見上げると、取り囲む岩壁が意外に小さく見える。箱庭のようだ。壁の裾の草木は枯れて茶色になっている。駒ヶ岳はこの壁の向こうにあるのだろう。宝剣岳がどれかは分からないが、その横のコルを目指して登り出す。丸太の階段や金網の流れ止めなどで整備された石の道が急傾斜をジグザグに刻んでいる。上を登っている人が何人かおり、私の後に続いて登って来る人もいる。ウォーミングアップのためにゆっくりと登り、10時頃に登り切る。
登ったところは幅広の尾根状になっていて山小屋があり、なだらかに中岳に続いている。駒が岳は隠れて見えない。宝剣岳がすぐ傍にあり、まず往復する。山小屋の手前に分岐があり、岩を登っていく。頂上直下に鎖場がある。狭い頂上には四人の男女がいた。突き出た岩が最高点らしいが、危うそうなので登るのはやめた。千畳敷カールが見下ろせる。南の方には三の沢岳、そして空木岳に続く尾根。分岐に戻って、ハイマツの後退した土と石の道をたどる。中岳を越えて下り、登り返して駒ヶ岳着、11時30分。
だだっ広い裸の頂上には神社が二社あり、十数人の人が休んでいる。よく晴れ、御嶽、乗鞍、笠、槍・穂高、八ヶ岳、南アルプス、その向こうに富士山が、ややかすんで見えている。高い山の頂上で晴れたのは久し振りだ。昼食に、昨日スーパーマーケットで買ったパンを食べる。のんびりした気持ちになる。
同じ道を引き返し、カールを下る。登山者が増えてきている。カールの下には観光客もたくさんいた。ロープウェイはピストン運転しているらしく、1時40分のバスに間に合い、黒川平の駐車場に着いたのは2時10分頃だった。それから権兵衛峠へ車を走らせたのだ。
もう5時になる。ロープウェイ乗り場には誰もいない。霊峰ラインという道を下ることにしよう。駐車場を出て、左折する。中の湯への道を分け、葉が茶色くなりかけたカラ松林を下っていく。倉越パノラマラインとの分岐の広場に出た。車が一台停まっていて、犬を連れた夫婦がテーブルを出して食事をしている。さらに下ると、自然石の碑か墓のようなものがたくさんある。数えきれない多さだ。霊神碑というものらしい。石屋の建物も何軒かあった。御嶽は信仰の山なのだ。
19号線に出た頃は暗くなっていた。これから大阪まで帰らなければならない。先は長い。今日のことを思い返す時間はたっぷりあるだろう。