二つのヒウチ(火打山・燧岳)
1
尾瀬には以前夏に一度行ったことがあるのだが、その頃は楽して登山しようとアプローチであれ何であれできるだけ省略していた時期なので、燧岳も至仏山も登らずにすませてしまった。その後、燧と至仏を無視したことを後悔するようになり、機会があれば登りたいと思っていた。
ヒウチという山がもう一つあるのを知ったのはその後だった。頸城山塊と呼ばれる山域にある火打山である。ガイドブックには天狗の庭から見た端麗な姿の火打の写真があった。こちらのヒウチにも惹かれた。火打山は間にある黒沢池ヒュッテに泊って妙高山と一緒に登るのがお勧めのコースらしい。
しかし、どちらの山も関西からは遠い。なかなか行けそうになかった。
2
バブル崩壊後の景気対策として2009年から新たな高速道路割引制度が実施されることになった。土日を使えば大幅な費用の節約になる。夜走れば、新潟・群馬・福島方面でも登山にまるまる二日を当てられるだろう。二つのヒウチに登ってみることにした。
夏には他の予定があったり、週末の天気予報がかんばしくなくて見送ったりして、尾瀬に出かけたのは9月18日(金曜日)夕刻。名神道、北陸道(途中で仮眠)、関越道で小出ICへ、352号線を南下する。途中奥只見シルバーラインというダム工事に使ったと思われる長いトンネルに驚かされる。奥只見湖に沿ってくねくねと曲がり、ようやく山の中に入ってしばらく行くと御池に着く。7時半になっていた。広い駐車場は三、四分ぐらいの入りか。出発していく人がいる。バスに乗る人は沼山峠に行くらしい。
天気は予報に反して曇り空。少し風があり肌寒い。準備にもたついて出発したのが8時半。駐車場の端から燧裏林道に入るとすぐに分岐があり、林の中を登る。広沢田代を過ぎて熊沢田代に着くが、ガスで自分の周囲のわずかな空間しか見えない。草が黄色くなった草原が広がっているようで、木道を行くと中央に割と大きな池塘があった。道は登りになり途中で振り返ると、短時間ガスが切れて原の全貌が見えた。白い木道が幅広い原を二分している。
林の中へ入り、ガスの中の登り。沢のようになったところで上から降りて来る中高年の女性二人に出合ったので、頂上の状況を聞くと、ガスで何も見えないとのこと。せっかく天気の日を選んだのにがっかりだが、山の天候は平地とは違うから仕方がない。雨にならないだけましか。
11時頃頂上に着いたがはやはりガスで眺望は全くない。十数人の登山者がいた。ここは俎ぐらで、柴安ぐらはどこだろうという登山者の声に答えてか、丸いピークが東方すぐ傍に現れまた消えた。しばらく待っていると、南方のガスが切れて下方に尾瀬沼が姿を現わした。長英新道だろうか登山者が登ってくるのが見える。尾瀬沼はそのままずっと見えていたが、他の方向はガスがおおっている。いったん下って登り返して柴安ぐらに移る。こちらもガスの中だが、待つほどに東方の眺望が現れ茶色く広がっている尾瀬が原が分る。尾瀬が原が見えたことに喜んで万歳をする登山者もいた。
尾瀬が原に降りて振り返ると、燧の頂上は雲の中だ。向かう至仏は雲の下に全容を現わしている。翌日晴れた至仏を登って戻り尾瀬が原を再び燧に向かって歩いたが、頂上はずっと雲に隠れたままだった。
3
山小屋に泊るのは出来るだけ避けたい気があって、火打山には、妙高山ではなく、雨飾山とセットで行くことにした。雨飾は百名山で人気のある山だということは聞いたことがあった。
天候を見定めて、10月23日(金曜日)の午後に出発、名神道、北陸道で糸魚川ICを目指す。途中で仮眠して翌朝雨飾山の麓の駐車場に着き、7時から登り出す。予想に反して曇り空だったが頂上からの眺望は得られて、焼山と金山の間に火打山が見えた。下山してきたのが12時過ぎ、どこかで食事をしようと小谷笹が峰林道の入口にさしかかると、木材運搬のため午前と午後の通行止めの看板があり、12時から13時の間しか通れない。あわてて林道に入り、紅葉の盛りの中を走る。途中から普通車にはやや酷なダートになり、笹が峰キャンプ場まで続く。妙高まで降りて、駅前の観光案内場で紹介された民宿に泊まる。
朝食は無理を頼んで4時半にしてもらい、5時に宿を出発、笹が峰キャンプ場まで戻って駐車し、6時に登り出す。宿を出たときにはきれいに星が見えて、明るくなって歩き出した頃には青空になり、今日は快晴だと喜んだが、黒沢を渡って十二曲がりを登っていくうちにガスが出始めた。富士見平の分岐で休憩していると、アベックが降りてきて、上は晴れていたと教えてくれる。期待しつつ登るが、高谷池も天狗の庭もガスの中。降りて来る人がちらほらいて、聞くと頂上も同じだと言う。がっかりして、霜柱が溶けてぬかるんだ尾根を行く。反対側(北側)はときおりガスが切れて下方が見える。黒沢から相前後して登っている二人組の間に入ったような形で最後の傾斜を登り切る。10時。やはりガスで眺望は全くない。
燧のときのこともあったので、しばらく待ってみる。次々と登山者が着く。そのうち北方のガスが切れて下方の山並と日本海が見えた。東の天狗平も見え出すが妙高山は雲の中。南方は雲海になっている。西方だけがガスが切れず、焼山は麓しか姿を現わさない。一緒に登って来た二人組は既に降りてしまったようだ。風があって寒い。我慢して待っているうちに、遂に焼山がその奇怪な姿を間近に見せてくれた。
昨日登った雨飾は焼山の右に見える低い尾根の一部かと思ったが、後で考えると、雨飾から見た位置関係では焼山の左に見えるはずで、同定できていなかった。ガスは切れては被い、安定した眺望は与えてくれない。頂上に一時間ほどいて下山する。振り返ると火打の山容がくっきりと見える。天狗の庭でも、写真で見た通りの姿だったが、高谷池ヒュッテのベンチで食事をしている間に雲が低くなって火打を隠してしまった。
二つのヒウチで、幸運にもガスの切れ間から眺望を得ることができた。私より先に登った人も、後から来た人も、ガスに災いされたようだ。ほんの少しの間だけのチャンスである。この週末は晴れの予報だったので登りに来たのにと(私と同じように)ぼやいている登山者がいたが、運に左右されるのも登山の宿命だろう。