井本喬作品集

ようこそフィールド28へ

 飛田が出勤するとすぐにフライデイが所長室に入ってきた。

「早々で申し訳ないのですが、トラブルが生じています」

「またか。今度は何だ」

「戦士たちが出動を拒否しています」

「理由は何だ」

「武器が変更されているからです」

「彼らには伝わってなかったのか。よし、私から話そう」

 飛田はフライデイと一緒に所長室を出て、短い廊下を通って表へ出た。建物はわざと木造にした平屋で、レトロな感じを出すためにいわゆる植民地風の造りだ。建物の前の広場にはロボたちがたむろしていた。飛田は声をかけた。

「集まってくれ。言い分を聞こう」

 一体のロボが口を切った。

「なぜ槍を以前のものに戻したのですか。新しい槍の方が効率的なのに」

「お前は、ええと」

 飛田はロボの胸に書かれた番号を確認した。

「E32だな。以前から言っていることだが繰り返す。お前たちがマンモスロボを狩るのは、お前たち自身のためなのだ。お前たちのメインテナンスの費用は研究所が負担しているのであり、研究所の運営資金の一部は見学者の入場料から得ている。見学者たちはお前たちのマンモス狩りを期待して来てくれるのだ。見学者が来なくなれば、研究所の運営が困難になり、お前たちにバッテリーを渡すことさえもできなくなる。分かったな」

「ですから、マンモスロボを効率よく倒すために武器を改良したのではないですか」

「お前は効率性という言葉の使い方を間違っている。何のためにマンモス狩りをやっているか、よく考えろ。単にマンモスロボを倒すだけなら、槍などという古風な武器ではなく、レザーガンを使えば簡単だ。だが、そんな狩りを見に来る人間などいない。お前たちが危険を冒して狩りをするから、人間が見に来るのだ。だから、効率性の指標というのは、見学者の興奮度だ。改良型の槍は、マンモスロボを倒すには効率的かもしれんが、観客の興奮度を下げてしまうから、効率的ではないのだ」

「狩りを長引かせろとおっしゃるのなら、そうします」

「お前たちのヘタな演技など、観客はすぐに見抜く。真剣でなければ、マンモス狩りを見てもらう意味はないのだ」

「古い槍だと、危険度は高いです」

「そんなことはお前に言われなくとも分かっている。よかろう、お前たちのせいで研究所が閉鎖になれば、お前たちはみんなスクラップになる。それがお前たちの望みか。そうでないなら、とっとと狩りの準備をしろ。もうすぐ客が来る」

 ロボたちはのろのろと(飛田にはそう見えた)動いて広場を立ち去っていった。彼らは納得したわけではないが、人間の命令には逆らえないのだ。苦々しい気持ちのまま、飛田は傍に突っ立っているフライデイを怒鳴りつけた。

「他に問題はあるか」

「今のところはありません」

 飛田はくるりと向きを変えて所長室に戻った。ここフィールド28は独立行政法人人工知能研究所の実験場である。以前は純粋の実験施設で、見学者は専門家に限られていた。だが今は入場料を取って一般に公開している。予算の削減でフィールド28の維持が困難になり、やむを得ず収益事業を行うことになったのだ。その経営を飛田が任されていた。飛田はひょんなことからフィールド28で行われた実験に以前から関わっていた。それが指名された理由だろう。あるいは、民間的な発想のできる人材が他にいなかったせいかもしれない。飛田にしても、さほど経営の才があるとは、自分自身でも思っていない。

 それでもやるだけのことはやっているつもりだ。収入が見込めるのは見学者の入場料しか思い当らなかったので、アトラクションとしてマンモス狩りの企画を立てたのも飛田である。他にもいろいろなアイデアを具体化しているのだが、今のところ受けているのはマンモス狩りだけである。マンモス狩りはフィールド28の目玉になっているので、中止するわけにはいかないのだ。

 所長室にはエイプリルが待っていて、飛田の姿を見てから盆のコーヒーを机に置いた。

「所長、お疲れのようですね」

「そう見えるかい」

「以前はもっと穏やかに私たちロボに接しておられました。でも、所長は本当は優しい方なのは、ロボたちにも分かっています」

 飛田はエイプリルに言われて反省した。

「いろいろ思い通りにならないことがあって、イライラしていたようだな。気をつけよう。ありがとう」

「いいえ、余計なことを言いました。失礼します」

 エイプリルが部屋を出て行くと入れ替わりに、須沢が入ってきた。ここに常駐している女性文化AI学者だ。ラフな服装にもかかわらず(あるいは、かえってそのせいで)性的魅力を発散させている。須沢はエイプリルが出て行ったドアの方を見て言った。

「いい子ですね」

「聞いていたのですか。ロボに慰められるようではいけませんね」

「立ち聞きなどしていませんわ。興味はありますけどね」

 須沢はそこで言葉を切ったが、何か言いたそうなので飛田は待った。

「気をつけてくださいね、奴らは頭がいいですから。人間の情緒面にアプローチすることが一番効果的だと知っているのです」

 飛田は分かっているというような仕草をしながら言った。

「ロボと接するのは、人間以上に気を使います」

「奴隷とみなすなら、そうではないでしょうけど。ここではできるだけ人間並みに扱うことになっていますから。あなたも大変ですね」

「いや、まあ仕事ですから。どうぞかけて下さい。何か御用ですか」

 飛田は須沢を応接用のソファに誘い、エイプリルを呼んでもう一つコーヒーを持ってくるように言った。テーブルをはさんで向かい合って座ってから、須沢は用件を切り出した。

「サンデイを戦士に戻すおつもりですか」

「いますぐというのではありませんが、そう考えています。彼は戦士として、またリーダーとして優秀でしたからね。マンモス狩りには彼が必要なのです。それが何か問題でも?」

「サンデイはそれを望んでいないようなのです。ロボは積極的な意向の表白はしませんが、まあ、嫌っているとか、避けたいとか、危険回避の傾向ですね、はっきりとは指摘できないのですが、そういうものがうかがえるのです」

「臆病風に吹かれたというのですか」

「経験によって行動を変化させるというのは、ロボも人間とは変わりません。失敗を繰り返すようなことはしたくないですから。ただ、人間から命令されればロボはやらざるを得ません。そこに葛藤が生じるのですが、それがロボにどんな影響を与えるのかについてはまだ不明な点が多いです」

「でも、マンモス狩りはそれほど危険なものではないですよ。ロボがマンモスロボを倒すことは決まっているのですから。たまにロボ側にも損害が出ますが、AIに損傷がない限り、修理で回復可能です。そのことはサンデイも承知しているはずだ。以前のサンデイなら、自分の能力にふさわしい仕事として、マンモス狩りに復帰することを当然視したはずです。おかしいですね。ひょっとしてAIがいかれたのかな。検査では異常は見つからなかったのですが」

「どうでしょうか。私の杞憂かもしれません。さっきも言ったように、ロボは私たちの情緒反応を操作することができます。ですから、私がサンデイに感じたのが、サンデイのものではなく、私自身のものの反映かもしれない可能性はあります」

「分かりました。私がサンデイと話してみましょう」

 話はついたはずだが、須沢は立ちあがろうとしなかった。まだ言いたいことがあるらしい。飛田は待った。

「ロボに人間的要素を与えてしまうのは危険なことは分かっています。でも、私たちがロボに期待しているのは、信念とか信頼とかをも含めた情緒的な現象を知性で理解し、知性によって再現することですね」

「そうです。そのためにここがあるのです。あなたには釈迦に説法だが、なぜロボを人間に似せなければならないのかというと、人間を真似れば生き延びる可能性が高くなるはずだからです。人間が長い歴史を生き延びてきたのなら、その行動が環境に適切に対応していたはずです。人間の情緒反応も、そのような適応の一つと考えられます。しかし、人間が情緒などによって行う費用収益分析は、長い時間をかけて選択されてきた形式のものです。だから、短期的にはうまくいかないことがあっても、長期的には成功しているという実績に裏打ちされています。ロボにはそのような長い検証の時間がありませんから、何とか代替物を探しているのです」

「でも、人間のように感情を備えると、悲しみや苦しみも味わうようになるでしょうね。存在していることにそれだけの価値があると、ロボに思えるのでしょうか」

「生きるというのはそれだけで価値ではないですか。自己保存の原理はロボにも備わっています」

「ロボは自分を守るということはします。しかし、人間のためなら、その原理は停止しなければなりません」

「だからこそ、できるだけ人間なしの環境をここで作っているのです」

「でも、人間は来てますね」

 痛いところを突く、と飛田は思った。須沢は続けた。

「そもそものフィールド28はロボの行動研究の場でした。人間がいない環境でロボが自主的にどのような行動をするかを観察することが目的でした。でも、現状はテーマパークになってしまっています。研究などなおざりにされてしまっています」

「そうは言っても、この財政事情の厳しい折から、ここを維持していくには見学者の支払う入場料が不可欠です。ロボたちの興行が順調になされない限り、見学者は減ってしまうでしょう」

 そこで言葉を切ってから、飛田はやけくそのように付け足した。

「私としては、こんなところは閉鎖してもいいと思っているのですがね」

「あなたの苦しい立場は分かりますが、フィールド28は今なお貴重な研究の場なのです。マンモス狩りなんて、ロボたちの活動には何の意味もないものです。ただ、見学者の愚劣なイメージに基づいた期待に沿うためのものにすぎません。そのうち、ロボの相手として、巨人だの、恐竜だのが持ちだされてくるのでしょう」

「仕方がなかったのですよ。最初は兎ロボ、次は鹿ロボでした。鹿狩りなんて、見ていてあまり面白くもないですし、鹿ロボが可哀そうだという声も寄せられたのです。マンモスロボなら、狩るロボの方も危険ですし、見ていてスリルがありますからね。大体、狩猟生活というオルトK4の設定がおかしかったんです。文明前の人類とのアナロジーによる発想でしょうが、ロボにとって適切だったのでしょうか」

「オルトK4を責めるわけにはいかないですね。彼女の実験計画を引き継いだのは人間の方なんですから。それはともかく、サンデイのことはよろしくお願いします。彼は長期にわたって私が研究対象にしてきた個体の一つなので、どうしても気になってしまうのです」

 飛田はフィールド28の中を歩いていった。かつては地方都市の街並みであったが、取り壊されて林や丘や池などになっているところが増えてきた。これも見学者の期待に沿った景観にするためだ。一部は畑とされて野菜の栽培をやっていて、収穫は近くの農産物販売所に出荷されている。無機のロボが有機農法か、飛田は苦々しくつぶやいた。この辺りに見学者が少ないのはマンモス狩りを見に行っているからだろう。マンモスの叫び声がかすかに聞こえた。

 飛田は須沢がサンデイにこだわるのはなぜかと考えていた。須沢が言ったように、ロボは人間の情緒を操作しようとする。人間の管理のもとで自己の利益の追求をするロボには当然のことだ。しかし、それは人間とて同じことだ。ただし、人間はロボのように冷静にそれが出来ない。なぜなら、人間は自分自身の情緒に捕らわれてしまって、相手の情緒を正確に見ようとはしないからだ。人間はロボにさえ情緒的な反応をしてしまう。人間とロボとの愛情じみた事件はしょっちゅう起こっている。須沢とサンデイの間にもそういう関係が生じてしまっているのかもしれない。

 長屋のような工芸棟ではロボたちの実演販売が行われている。木工、陶芸、金属加工、ガラス細工、繊維製品、皮加工など、細かい手先の作業だが、製作過程の正確な踏襲という点では人間を越えているだろう。ただ新たな発想は期待できないので、人間のデザイナーの協力を得ている。

 陶芸小屋で飛田は声をかけた。

「サンデイ、いるか」

「います」

 サンデイが小屋から出てきた。

「仕事の邪魔にならないか」

「かまいません。あなたが来るのを待っていました」

「なぜ私が来るのが分かった?」

 ロボにも予感のようなものがあるのかと飛田は思ったのだが、答えは簡単だった。

「先ほど須沢さんが来られたのです」

「中で話そうか」

 店の中は狭かった。一体のロボが轆轤を回している。炉に入れる前のコップや皿や花瓶があちこちに並べてある。サンデイの勧めた小さな椅子に飛田は座った。サンデイは彼の位置らしい机のところに座った。

「調子はどうだ」

「RLG785445D67に教えてもらってますが、熟練するには時間がかります」

 轆轤を回しているロボを示しながらサンデイは答えた。

「マンモス狩りとどっちが難しい」

 冗談のつもりで飛田は聞いたが、もちろんロボには通じない。

「ロボにも適性がありますから」

 サンデイはそう言ったきりだった。飛田はいつまでたっても慣れないが、ロボに前置きは必要ないのだった。

「そろそろマンモス狩りに復帰できるかな。お前が抜けた後、どうも戦士のチームワークがうまくいっていない。早くお前に戻ってもらいたいのだよ」

「新しいボディのコントロールが十分ではありません」

「もう少し時間が必要ということが」

「時間がたてば改善するかどうかは分かりません」

 サンデイがはぐらかしているのかと飛田は疑いかけたが、ロボにそんなつもりはないのは明白だ。ロボは微妙な論理展開については意外に察しが悪いのだ。飛田は直截に言った。

「お前はマンモス狩りがいやなのか」

「好き嫌いということはロボにはありません。成功度の予想が立たないだけなのです」

「戦士に戻りたいとは思わないのか」

「人間に命令される限り、どこで何をしようと、ロボには同じことです」

「陶工と戦士のどちらかを選べと言ったら、どうする」

「その選択は困難です。私のコントロールできない要素があります」

 サンデイの机の上には、マンモスの形をした粘土が並べてあった。小さな陶器のマンモスを作って、お土産として売っているのだ。粘土を型から打ち出して、左右の半身をつなぎ合わせている。

「ちょっと見せてくれ」

 サンデイはその一つを取り上げようとして、まだ柔らかい人形をへこませてしまった。

「構わないから貸してくれ」

 サンデイから人形を受け取った飛田は、それを手のひらに載せて、サンデイの前に突き出した。

「これが何に見える?」

「小さな粘土の塊です」

「お前たちにはそうしか見えないだろうな。だが、人間にはマンモスに見えるのだ。ときにはこの小さな人形が恐怖の対象にもなる。サンデイ、お前はこれを怖いとは思わないだろうな」

「ロボには恐怖の感情はありません」

「そうとも言えないのではないかな。人間は、マンモスに襲われて怪我をしたとか、マンモスに殺された人間を見たとかすれば、次にマンモスを見ると恐れを抱く。それは危険回避を促すためだ。ロボだって同じこと。過去の経験の知識によって危険な状況を避けようとするだろう?」

「生起確率の予想と損害の程度の評価によって、判断します」

「経験が人を臆病にしてしまうこともある。危険を過大視してしまうのだ」

「はい」

「お前の場合も、プログラムの行動関数をより悲観的な方へシフトさせてしまったのかもしれないな」

「私には判断がつきません」

「だが、危険から逃げてばかりはいられない。どうしてもその必要があるときには、危険に立ち向かわなければならない。食べていくため、仲間を守るため、そして自分の尊厳のために」

「はい」

 飛田は話題を変えた。

「ところで、お前は一度フライデイに壊されたことがあるな。以前ここの管理コンピュータだったオルトK4がお前を重用していたので、フライデイがお前に取って代ろうとした」

「はい」

「あのことについては私にも一半の責任がある。それについてフライデイと話をしたことがあるか」

「ないです」

「フライデイにはお前に済まないという気持ちはないのかな」

「それはREH409206K03に聞いて下さい」

「そうだな。フライデイとは私もいろいろ因縁があってね。彼は才覚がなくて、私は彼にチャンスを二度与えたのだが、二度ともそれを生かすことができなかった。あいつが戦士になっていたら、たぶん、最初のマンモス狩りでやられてしまっていただろう。助手として使っているのも、他に適当な役割を見つけられないからだ。出来の悪い子供を余計にかわいがる親のようなものかな。ロボにはこんな気持ちは分からんだろうが」

「親の心、子知らず、ですか」

「ちょっと違うが、当たらずといえども遠からず、か。フライデイを私はひいきにししすぎかな。お前が須沢さんのお気に入りのように」

 サンデイは黙っていた。答える必要はないと判断したのだ。飛田もサンデイの言葉を期待してはいなかった。

「では、お前のこれからについては、検討してみよう」

 飛田は陶芸小屋を出ると、マンモス整備場に寄ってみた。整備場は工芸棟から少し離れた林の傍にあった。あまり費用はかけられなかったので、十分な広さと高さは確保できていない。それでも、フィールド28の実験施設のなかでは最大の建物だ。中には三頭のマンモスロボが天井のクレーンにつなげられて立っていた。狩りで倒された後の復活作業だ。マンモスロボの周りには作業台が組み立てられ、整備ロボが何体か取り付いている。飛田はその一体を呼んだ。

「今日は何頭が出動予定かね」

「いま一頭が出ています。午後にもう一頭です」

「この三頭は修理中か」

「一頭は済んでいます。二頭が修理中です。今回は装甲を張り替えるので時間がかかっています」

 飛田はきょとんとした顔を整備ロボに向けた。

「装甲?」

「そうです。新型の槍に対応して、強化しています」

「待て。その件でフライデイから連絡はなかったのか。槍は旧型に戻すから、装甲の強化は必要ないことにしたはずだ」

「いえ、そういう指示はなかったです」

「ということは、いま出動しているマンモスも装甲を強化されているのか」

「そうです」

 そのとき、飛田の腕の端末が緊急音を出した。画面をタッチするとフライデイが現われた。

「大変です、マンモスロボが暴れて、ロボが抑えられません」

「なにっ」

 飛田は思わず叫んでしまったが、すぐに気持ちを落ち着かせようとした。

「詳しい状況は」

「監視カメラの画像があります」

 飛田は整備場を飛び出した。走りながら腕端末の小さな画面を見る。雄叫びを上げているマンモスロボを戦士たちが遠巻きにしている。場所は東の丘だ。すぐそこだ。

 飛田は現場に着くと、ロボに命じた。

「見学者を避難させろ」

 ロボの一体が答えた。

「やっていますが、人間は私たちの言うことを聞いてくれません」

 人間たちはアトラクションの一つとでも思っているのかもしれない。マンモスロボはワイアレス給電で動いているので、可動範囲は限られている。見学者のいる場所は安全だ。こんな失態は見せたくないが、放っておいても大丈夫だ。

 マンモスロボは飛び跳ねたりぐるぐる回ったりして、槍をほぼ投げ尽くした戦士たちを追いかけまわしていた。

 飛田は端末を通じてフライデイに呼びかけた。

「電源を切れ」

「マンモスロボの電源を切るには、全電源を落とさなければなりません」

「かまわん」

「分かりました。すぐかかりますが、二十秒ほど時間を下さい」

 飛田がマンモスロボに目を戻すと、一体のロボがマンモスロボに近づいた。サンデイだった。落ちていたのを拾ったのだろう、槍を持っていた。いつの間に来たのか、何をするつもりだろう、飛田がそう思う暇もなく、サンデイはマンモスロボの目の前に立って声を出した。マンモスロボはサンデイに気がつき、牙で引っかけようとしたが外した。サンデイはマンモスロボの首元に飛び込んだ。マンモスロボは倒れて、サンデイを下敷きにした。

「フライデイが電気を落としたのと同時だったのです。サンデイがマンモスロボを倒したのではないのですよ。装甲が厚くて、あの槍では貫けなかったでしょう」

 所長室で飛田は須沢と事件のことを話していた。フィールド28は静かになりつつあった。事件の後片付けがようやく一段落して、落ち着いて会話できる状態が戻ってきていた。

「なぜそんなことになってしまったのですか」

「ロボたちの開発した槍の殺傷力が強かったので、マンモスロボの装甲を厚くするように指示したのですが、その後で、新型の槍を使わせないことに変えたのです。ロボたちが武器を改良することは彼らの進化を示すものとして受け入れてきましたが、今度の槍は強力すぎました。ロボたちの創意をくじくことになりますが、攻撃と防御のエスカレートになってしまうのを恐れたのです。そのことをフライデイと話し合ったので、私はフライデイが整備場に装甲変更の中止を連絡したものと思い込んでいました。しかし、私はフライデイにはっきりと指示しませんでした。ロボに何となく機転を期待していた私のミスです。マンモスロボの新しい装甲に対して旧型の槍では歯が立ちません」

「でも、ロボたちは逃げずに立ち向かったのですね」

「私の命令でマンモスを倒さねばならないことになっていた彼らは、立ち向かわざるを得なかったのです。マンモスを停止させる装置がないのは彼らには分かっていました。そういう設定をしなければ、彼らは真剣になりませんからね」

「サンデイが自らを犠牲にしてマンモスロボを倒したようにも見えましたよ。見学者の多くはそう思ったようですし、ロボの中にもそう認識しているのもいます」

「そうらしいですね。私はあえて真相を告げるつもりはないのですよ。サンデイのためには、その方がいいでしょう」

 須沢はちょっと驚いたように飛田を見つめたが、そのことについては何も言わずに、話題を変えた。

「見学者が無事なのは幸いでしたね」

「もともと見学者は安全だったのです。彼らは思いがけないドラマを見て大喜びだったでしょうよ」

「報道は研究所を非難するばかりでしたね」

「それは仕方がないでしょうね。研究所としてもすぐに対策は発表しました。例によって、どうでもいい内容でしたが。心配したのはフィールド28の運営への影響でしたが、閉鎖といったことにはならないようです。かえって見学者は増えるかもしれませんからね」

「では、マンモス狩りはやめられませんね」

「そうですね。いっそのこと、テーマパークに衣替えしてはどうかと、本部の連中に言ってやりました。もちろん、相手にされませんでしたが」

 飛田と須沢の会話はそこで途切れた。須沢はエイプリルが出してくれたコーヒーを飲んだ。飛田はぼんやりと窓の外を見た。須沢が言った。

「なぜサンデイがあんなことをしたのかは、永久に分からないでしょうね」

「彼の体は完全につぶされていましたから。AIだけでも残っていれば、研究できたかもしれません。あるいは、それでも分からなかったかもしれない」

「サンデイが三度も破壊されることになったのは不思議なことだと思われませんか」

「偶然ですよ」

「あるいは、彼の運命だったのかもしれない」

 それには飛田は答えなかった。言い忘れたことを思い出したように須沢が言った。

「そうそう、例の場所に十字架が立てられていますね」

「ああ、戦士の連中がやったようです。サンデイのフレームを使って。サンデイの体はスクラップにせざるを得ませんでしたから、認めてやりました。連中にしてみれば、記録のつもりなんでしょう。将来の行動の参考とすべき経験の地理的な印といったような」

「ロボにとっては単なる記号にすぎないわけですね。それがいつか象徴となるようなことはないのでしょうか」

「たぶん、そういうことはないと思います。ロボは現実主義者ですから」

 須沢が帰った後、飛田は外へ出て、何となく東の丘の方へ歩いて行った。丘の斜面にロボたちの立てた小さな十字架が見えた。その前にロボが一体立っていた。飛田は立ち止って、よく見てみた。フライデイだった。

 フライデイはゆっくりと十字架の前にひざまずいた。

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