井本喬作品集

ロープウェイの山再び(御岳・木曽駒ケ岳)

 Kと紅葉を見に旅行することになって、行き先の候補として最初に考えたのは御岳だった。御岳の紅葉は宣伝写真でさんざん見ていたので、一度行ってみたかった。前年に単独行で計画したのだが、台風でナナカマドの葉が吹き飛ばされてしまったので中止した。今年も直前に台風が来たが影響がなく、ちょうど見頃になっているらしい。しかし、御岳ロープウェイは7合目までしか行かず、そこから歩いて登らないと紅葉を見ることができない。Kには無理だと思って断念した。

 そこで、登山までせずに済むので、木曽駒ヶ岳の千畳敷に行くことにした。こちらは3年前のリベンジでもあった。夏にKと旅行に出かけ、日曜日の午過ぎに菅の台のバス乗り場まで行ってみると、ロープウェイの登りが2時間待ち、下りが1時間待ちと表示してある。とてもじゃないがそんな忍耐も時間もなくあきらめた。Kは初めてだったので期待していたから、いつかまた行く機会を作ろうと思っていた。駒ケ岳ロープウェイの混みようはその後も体験者から聞くことがあったから、朝早くのバスに乗れるように近くの宿に泊ることにした。

 そうなると、木曽駒ヶ岳に登るのは一泊旅行の二日目になる。一日目はどこにしようかと考えてインターネットでいろいろ調べてみると、御岳8合目の女人堂までの紅葉トレッキングツアーを募集しているのを見つけた。参加する気はないものの、紅葉を見るだけならその辺りを散策するだけでもいいようだ。女人堂までなら1時間20分ぐらいの登りですむ。Kに確かめると、それくらいなら可能だろうという返事。そこで、御岳と木曽駒ヶ岳の両方をロープウェイで登る予定を立てた。

 2012年10月4日、御岳ロープウェイの終点から歩いて女人堂まで登り、三の池へのコースを途中までたどった。御岳の紅葉は予想以上の素晴らしさだった。ハイマツの緑、ダケカンバの黄色、そして真っ赤なナナカマドの取り合わせ。ナナカマド自体も、緑と黄色と赤の変化を見せている。天気もよく、ときどきガスは出たが、すぐに消えて、眺望の妨げとはならなかった。平日のせいかそれほど人は多くなく、むしろこの景色に対して少な過ぎてもったいないくらいだと感じた。

 御岳を下り、権兵衛峠をトンネルで越えて木曽谷から伊那谷へ抜けた。駒ケ根の大沼池の前の宿にチェックインするときに、フロントの男性に明日の予定を聞かれた。駒ヶ岳ロープウェイに乗るつもりだと答えると、紅葉シーズンだから混雑が予想されるので、朝食はおにぎりにして持って出て、朝一のバスに乗るように強く勧められた。菅の台バスセンターの一つ手前の駒ヶ池バス停で待てば必ず乗れると彼は保証した。それほど人気があるのかと意外だった。木曽駒ヶ岳の紅葉はさほど期待していなかったのだ。6年前の秋にもロープウェイを使って登ったが、千畳敷から上はハイマツの他は薄茶色の枯草しかなかったからである。

 翌朝、7時前にバス停に行ってみると、二人の男性が既に待っていた。四人がけのベンチに座り、おにぎりを出して食べた。後から来た人が立って並び、十数人になった。7時ちょっと過ぎにバスが来た。駒ケ根駅が始発にしては誰も乗っていないので臨時便らしかった。次の菅の台バスセンターでも人が並んで待っていて、駐車場はその人たちの車で一杯に近かった。そこから四つ目のバス停の黒川平にも駐車場があり、以前に来た時にはここでバスに乗ったことを思い出した。私たちのバスは満員で通過した。

 狭く曲がりくねった道を曲芸みたいな運転で登ってしらび平につくと、ここでも既に人が並んでいる。私たちのバスが朝一のはずだが、もっと早くに臨時便が出ていたのだろうか。晴れているが朝が早いので寒い。御岳では上衣を使うほどでもなかったので駒ヶ岳も同じだろうとタカをくくっていたのだが、ロープウェイで上に登ると風があってさらに寒かった。昨日は雲で西方の山は見えなかったが、今日は南アルプスがはっきり見え、富士山も頭を出している。

 さて、千畳敷の紅葉だが、私の思い込みは間違っていた。御岳に劣らぬくらいの見事さだ。以前に来たのが10月18日、二週間ほどの差でこんなに違うとは。人が押し寄せるはずだ。乗越浄土への道を登って行く人もいるが、遊歩道を歩くだけの人も多い。私たちもその組だ。

 御岳も木曽駒ヶ岳もちょうど見頃で、しかも今年は色づきがいいらしい。こういうときに来られたのは幸運だった。紅葉も桜と同じようにタイミングが難しい。あらかじめ日を決めねばならぬときは、例年の盛りの時期を参考にするのだが、その年によって前後にずれることがあり、また出来具合も変わって来る。山に登るときには景色はおまけみたいなものと割り切っているのだが、景色を見るために山に登る(頂上を目指さなくてもいい)というのもありなのだ。ロープウェイというのは本来そういうためのものだ。

 登山者としてではなく、観光客として山に登る。それもいいかもしれない。

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