三の峰
三の峰のことを知ったのは刈込池に行った時である。水面にその姿が映っていた。近くに登山口もあった。しかし、そのときは登山の対象とするほどの価値は感じなかった。名前が示すように白山へ向う登山道にある一つのピークでしかないのだから。
三の峰に登ろうと思ったのは、後日、赤兎山から眺めたときだ。赤兎山の頂上から先(東)へ進むと赤池と避難小屋があり、さらに道を行くと尾根の外れに出る。前方の展望が開け、白山方面の山々が壁のように連なっている。雲が頂を包んで、居並ぶ峰々を同定するのは難しい。たまたまそこで一緒に見ていた人の一人が、この風景を見るのもこれきりかなあと慨嘆した。例によって、高齢者が多いのである。別の人が、そんなことはないですよ、また来ればいいじゃあないですかと励ましていた。私は知ったかぶりの気持ちも少しあって、三の峰はどれでしょうと言ってみた。明確に弁別できる人はいなかった。コースタイムのことが少し話題になった。後で調べてみると、この道を先にさらにたどって行けば、杉峠を経由して三の峰に至ることができる。
そこから引き返したのだが、よく知りもしない三の峰のことを口に出したのが、何か責任を負ったような気になった。登った経験があるように思わせる虚勢だったのではないか。そんな軽薄な自分の言動が嫌になり、この罪悪感を解消するには実際に登らねばならないと思った。
三の峰は美濃禅定道の中途にある。美濃禅定道は白鳥町(現郡上市)を起点にして白山に登る昔からの道で、銚子が峰、一の峰、二の峰、三の峰、別山を経由して白山に至る。石徹白からでも山中一泊は必要である。白山にはもっと容易にアプローチできるようになったので、いまはこの道はあまり使われていないようだ。
三の峰への最短ルートは刈込池近くの登山口からの道で、六本桧で赤兎山からのコースに合流する。刈込池には福井から158号線で越前大野を経由し、勝原(かどはら)で分岐して川沿いに北上、鳩が湯を過ぎてさら山奥へ入る。道はキャンプ場のある小池公園に行き着き、さらにその先に上小池駐車場がある。そこから刈込池への自然研究路が始まっている。
2012年10月16日午前8時頃、上小池駐車場に着いた。よい天気である。刈込池への道は林の中の斜面を下って林道へ出る。川沿いの林道を行くと刈込池への分岐の橋があるが、周回コースになっているのでそのまま進んでもよい。三の峰の登山口はその途中にある。ブナ混じりの森の中の登りだ。紅葉している木もある。六本桧で尾根に出る。名前のような数の桧はない。北方に三の峰が見えた。
杉峠からの道に入ってしばらく登ると林を抜けて眺望が開ける。後で分かったのだが、この辺りからは三の峰の頂上は黒坊上平らしき尾根に隠されており、その右のピーク(打波の頭、越前三の峰とも)がそれに思えてしまう。手前には剣が岩があり、その横の紅葉とダケカンバの白い幹がきれい。急登である。ひたすら登る。右手の谷の紅葉と笹の緑が鮮やか。剣が岩を過ぎてさらに続く急な登りの途中で、下りて来た単独行の中年女性と出会う。市の瀬から来たとのこと。熊が恐いから朝から出て来たと言っていたが、意味がよく分からなかった。その上で尾根が平らになってベンチがあり(ここが黒坊上平か)、老夫婦が休んでいた。地元の人で、三の峰往復の下りのようだ。彼等も先程の女性と話をしたようで、彼女は六本桧から杉峠経由で市の瀬に戻ると教えてくれた。つまり、市の瀬から別山、三の峰を登る周回コースを日帰りしているのだ。びっくりである。
ここから見ると三の峰は二つのピークからなっているように見え、左が本峰(2128m)、右は打波の頭(2095m)で、その間に避難小屋がある。道は打波の頭の方に登っている。急登が続く。打波の頭の手前で左にトラバースして避難小屋に着く。数名の団体が空荷で頂上へ出発するところだった。追いかけるようにして笹原の中の道を頂上へ登る。12時過ぎに登頂。
目の前に別山(2399m)がそびえている。その大きさに、いままで威張っていた三の峰が圧倒されてしまっているようだ。別山の左肩に白山が見えるはずだが、雲が隠している(降りる直前に見えた)。振り返った南方や東方はかすんでいる上に地平線上に雲があってはっきりしない。東方に高い山がかすかに見えるのが北アルプスや御岳のようだ。食事をし、長い休憩を取る。順調に登ってきたものの、少しバテた。体力が落ちて来たのが分かる。
1時前に下山開始。長い尾根を下りていくときに、眼下に刈込池が見えた。森の中の小さなくぼみのようで、最初は識別しにくかったが、日の光を反射したので水面であることが分かった。午後の雲が三の峰にかかりだした。駐車場に戻ったのは3時40分頃だった。