花の山(別山)
白山に登った時、南に目立つ山があるので名を聞くと、別山と教えられた。それきりその山のことは忘れていた。別山に登ろうと思ったのは、三の峰から再び見たときである。三の峰の頂上からの別山の大きさは印象的だった。
三の峰で出会った単独行の女性は、千振尾根を登り、別山、三の峰を経て、杉峠から市ノ瀬へその日のうちに戻るコースをとっていた。そんな真似は到底できないとしても、別山だけなら無理すれば日帰りも可能だろう。しかし、しゃにむに歩く気にはもうなれない。そこで、観光新道と組み合わせることを思いついた。コースを考えてみて、南竜小屋で一泊して千振尾根を下ることにした。下山場所の市ノ瀬に車を停め、登山口の別当出合まではバスに乗ればいい。
白山は花の山としても有名である。頂上小屋で泊って、観光新道で下山したことがある。季節は七月、観光新道は高山植物の花盛りだった。開けた尾根を下りていく道の両側は、たくさんの種類の花が咲いていた。そのときの私には花の名前が皆目分からなかったが、こんなに広範囲に広がっているお花畑を見たことは驚きだった。お花畑は殿ヶ池避難小屋で終り、そこからの道は緩やかな尾根からなかなか離れず、最後に急激な降下によって帳尻を合わさせられるはめになる。
もう一度あの花を見るために観光新道を登ってみようと思ったのだ。以前の私は高山植物には興味なく、花の名前など知ろうともしなかった。山に登るのは頂上を極めるだけのためであり、それ以外のことは余計なものだと割り切っていた。それが何という変わりようだろう。まさか花の美しさをめでるために山に登ることになろうとは思いもよらなかった。それはある女性の残した影響のせいである。私の少ない経験からでも、ようやく男女関係の本質というものが理解できかけてきたような気がする。男と女の関係には、出会うことだけではなく、別れが必要なのだ。ハッピーエンドに終わる恋愛物語は、恋愛の半分しか描いていないのである。別れることで恋愛は完全になるのだ。
2013年8月7日、観光新道を登ってみると、期待通り花は咲いていたが、ルートのその区間が意外と短く感じられた。前は下りで今度は登りなので、時間的には逆のはずなのだが。やはり最初の印象というのは強烈で、二度目はどうしてもそこまで達することはできないのだろう。
黒ボコ岩から、弥陀ヶ原へは行かず(白山頂上は省略して)、砂防新道を下り、南竜道へ入って南竜ヶ馬場を目指す。今年はコバイケイソウの当たり年だそうで、エコーラインの分岐の辺りの斜面は白い花で覆われていた。南竜山荘には早く着いたので、自然観察会に参加していろいろな高山植物の名前を教えてもらったが、やはりすぐに忘れてしまった。ハクサンコザクラの花は記憶に残っている(観光新道ではハクサンフウロの印象が濃い)。
次の日の別山へのルートは人が少なかった。こちらにもコバイケイソウはたくさん咲いていた。天気はよかったが、雲が出始めていて、頂上からの眺望は限られつつあった。北に白山、南に三の峰。別山平の御手洗池が見下ろせたので往復した。別山平には花はあまりなかった。別山平に下るときにどこかの大学のワンゲル部の一行とすれ違い、頂上に戻ると彼らが出発するところだったので、後について少し会話した。三の峰から白山まで避難小屋を使って縦走するらしい。彼等と千振尾根の分岐で別れ、尾根を下る。長い下りだった。