再訪の山3(石鎚山)
鹿島槍が岳と甲斐駒が岳を再訪したが、もう一度行ってみたい山は他にもあった。ついでというのでもないのだが、勢いにまかせて登ってみた。
石鎚山はロープウェイを使って成就社から登ろうとしたことがある。四国へ渡ってまず剣山に登った。剣山を下りてからどういうルートをたどったのか憶えていないのだが、その日のうちに西条駅まで行って、バスで西之川のロープウェイ乗り場に着いた。むろんキャンプ地などなく、河原にテントを張った。夜に雨になった。川の水が増えてテントまで迫ってきたので、あわてて撤収し、河岸にあった小屋のようなところで夜明けを待った。朝になっても雨はやまず、とりあえず一番のロープウェイに乗った。私以外の乗客は上の駅の売店の従業員らしい若い娘だけだった。こんな山奥で働くのはどういう気持ちなのかと、そのけなげさのようなものに憐れみを感じたものだ。
雨の山ほどつまらないものはない。辺りが何も見えないのだから、ただ歩くだけ。登山は山頂に着くのが目的であって、風景は添え物、と言い張っているものの、山頂にいることを実感できるのは周りの景色が見えるからだ。縦走コースの途中なら予定通り歩かなければならないが、引き返せる場合は予定を変更したくなる。しかし、せっかく来たのに登頂せずに帰るのも残念だ。意地になって雨中を登るのは苦行である。楽しいことなど何もない。ただ、予定の目標を達成するためだけに登るのだ。撤退するのは敗北と思えてしまうから。
成就社まで行き、どうするか迷ったが、結局引き返すことにした。テント泊のため荷物が重く、鎖場のことなどもあって、ひるんでしまったのだ。剣山からの移動や夜中のテント撤収などで、精神的にも萎えていたのだろう。うろうろしている私を見かねてか、茶店の人から声がかかり、お茶を出してくれた。
撤退したままで済ますことはできず、次には車で土小屋まで行って国民宿舎に泊り、石鎚山までピストンした。土小屋から登ったのは、かかる時間が短いからだ。そのせいか、最近は土小屋ルートをとる人が多いらしい。しかし、成就社からのルートを未遂のままにしていることが気になっていた。石鎚山の紅葉が人気らしいので、もう一度、10月に行ってみることにした。
道後の宿を予約した後で調べてみると、道後から西之川まではかなり距離があり、宿の朝食を食べてから出発したのでは遅くなる。天気のことも考えて、家を早立ちしてそのまま登り、下山後に道後に泊る段取りを立てた。2015年10月4日、暗いうちに出発し、瀬戸中央道で四国に渡り、西条ICで一般道に下りて西之川へ。意外に狭い道だった。ロープウェイ乗り場の駐車場に着いたのは7時40分頃。既に多くの車が停まっている。傍の川は渓谷になっていて、河原は崖の下だ。あんなところにテントを張ったのかと不思議に思う。
ロープウェイ下谷駅へは道路から細い道を登る。入口には金属製の小さなゲートがあるが、錆びていてすたれた感じがする。道に面したいくつかの店も大方は閉まっている。登山者は増えているとのことだが、やはり土小屋方面に客が取られているのか。それとも、信仰や娯楽としての観光が衰えているのだろうか(登山者は土産物はあまり買わない)。
8時発のロープウェイは満員で、乗りきれない人もいた。麓の紅葉はまだ始まっていない。成就駅から成就社までならされた上り坂を歩く。成就社には社殿の他に宿舎や店もある。神門から八丁坂を下って鞍部に着き、そこから登りが始まる。林の中の道で展望はない。登山者はいるが、車の数に比べると多くはない。適当にばらついているようだ。試しの鎖に取り付くと先に二人の中年婦人がいて、一人は苦労していた。今日は天気がよく(予報で狙ってきたのだから当然だが)、狭いピークから景色がよく見える。ここは下りの鎖があって、最後のところは足がかりがないので例の婦人がぶら下がり状態になっていた。私は飛び降りる。下りたところに前社が森小屋がある。数人が休憩している。
先へ進む。夜明かし峠で林が切れて前面に石鎚山が現れる。頂上と中腹に建物が見える。再び林の中の登りとなる。右手に黒っぽい小屋があり、表は閉まっているが裏にトイレでもあるのか、「お父さん」という男の子の呼びかけに答える父親の声がした。それに気を取られて、左に一の鎖があるのを見落とした。やがて鳥居と階段のあるところに出る。左から土小屋からの道が合流している。階段の上は小さな平地が作られていて、左に改築中の二の鎖元小屋、右に新しそうなバイオ式トイレがある。ここで休んでいる人が多い。後日ウェブで調べてみると、石鎚山のトイレはかねてから問題になっていて、昨年(2014年)ようやく愛媛県が設置した。小屋は石鎚神社の管理で、三の鎖元小屋も改築の予定らしい。
二の鎖、三の鎖は前に登っているので敬遠し、整備された巻道を行く。ほどなく弥山頂上(10時50分頃)。石鎚神社頂上社と、新しそうな小屋がある。神社下の小広場に登山者が群れていて、その向こうに天狗岳がそびえている。紅葉は既に盛りが過ぎているようだが、まだあざやかさを保っている。西北に見える笹に覆われた山は二の森から堂が森に続いているのだろう(堂が森には登ったことがある)。その他の周りの山はよく分からない。
天狗岳へ行く。それほど険しい道ではないが、左(南)側が垂直近くに切れ落ちているので恐ろしい。登山者の行き来がある。岩の先のような頂上に着くと、道はさらに先の岩峰に続いている。行く人がいるのでついていく。ピークを一つ越した先で行き止まりのようだ。南側をのぞいてみると、はるか下に人がいる。ルートがあるのだろうか。後から来た若者が降り口を探している。そのまた後から来た男の人が、とても道とは思えないところから降り出したので、若者に教えてあげる。若者は後を追った。昔の私なら同じようにしただろうが、いまは安全第一。引き返す。
弥山に戻って見ると、いつの間にか登山者が増えて、大混雑だ。さらにどんどん登ってくる。さすが人気の山だ。しかも紅葉の時期だ。小さな子どもや犬さえ来ている。南から雲が流れてきて、天狗岳を隠すようになった。早々に食事を終えて下り出す(12時10分頃)。
降りる途中で、一の鎖を見つけて登っておいた。八丁坂にある鳥居は遙拝場所になっていて、行きには気づかなかったが石鎚山が見える。成就社に着いたのは2時前。見返遙拝殿からも石鎚山が見える。もみじまつりの行事として2時からモチまきが行われた。群衆の後方で待っていると、紅白のモチが入ったビニール袋を何個か拾えた。菓子もまかれたが軽くて後ろまでは届かない。福木を取った人は景品がもらえるらしい。
2時20分発のロープウェイで下り、道後温泉へ向かった。