井本喬作品集

シロヤシオ(竜ヶ岳)

 国見岳のアカヤシオを見たので、竜が岳のシロヤシオも見たくなった。

 鈴鹿では登山道を表道・中道・裏道と呼ぶ慣習があったらしい。御在所岳しかり、藤原岳しかり、竜が岳しかり。昔から登られてきた道であり、そういう道は谷をつめることが多い。近代の登山道もその道を踏襲しているのだが、谷は荒れるので、最近は尾根を登るルートに移ってきている。

 北アルプスでも、常念岳の一の俣谷ルート、大滝山の徳沢ルート、鹿島槍が岳の扇沢ルート、笠が岳の穴毛谷ルートなど、谷道の多くが廃道になっている。槍が岳の宮田新道(千丈沢)、三俣蓮華岳の伊藤新道(湯俣川)などはその名の通り新しくひらかれたルートであるけれども、やはり維持が難しく放棄されてしまっている。

 私の持っている古いガイドブックは竜が岳への登山ルートとして中道(ヨコ谷)・裏道(ホタカ谷)を載せているが、最近は遠足尾根・金山尾根を使うのが一般的らしい。表道は石榑峠を経由しているので、石榑峠に車を停めて竜が岳に登ったことがある。

 今年(2016年)は気温が高めで一般的に花の開花が早い。年による変動もあるので地球温暖化だけの影響とは言えないだろうが、全く影響がないわけではあるまい。開花時期を見定めるのは難しいが、混雑する週末を避け天気のよい日ということで、5月23日に行ってみた。

 名神を八日市ICで下り、421号線で西へ。永源寺を通過して山の中へ。蓼畑や杠葉尾の辺りは道路整備の工事中。廃校を利用した道の駅も出来ている。その先の長さ4157mの石榑トンネル(2011年開通)で簡単に三重側に抜けられる。トンネルを出てすぐに宇賀渓キャンプ場がある。駐車場には平日にもかかわらず車が多い。

 登山届を書いて、舗装道を歩き出す(9時20分頃)。登山者を乗せた車二台に追い越されたが、ツアー客は登山口まで送ってもらえるようだ。道は川の左岸高くに作られている。竜の雫と表示された水場を過ぎてしばらく行くと、右に遠足尾根への登り口がある。その先に車止めがあり、先程の二台の車が停まっていた。

 遠足尾根は距離が長そうなので、登りは金山尾根を使うことにした。すぐに裏道の登り口があるが立入禁止になっている。そのまま川沿いの道を進み、白滝丸太橋で狭くなった川の右岸へ渡り、さらに魚止橋(鉄橋)で左岸に戻る。魚止滝があるので寄る。道は魚止滝を高巻きしてそのまま川から離れ、途中谷道を左に分岐して金山尾根の登りになる。

 広葉樹林の中をひたすら登る。思惑通り天気はよいが、よすぎて気温が高く、天気予報では各地で30度を超えるとのこと。幸い林の中の道なので日陰になっている。ただし風がなく、涼しいとまではいかない。小鳥の声と下方の流れの水音だけが聞こえる。尾根の端に登りつくと若干の風がある。登り口から40分ほどのところで下山者に会った。中高年男性の単独行だ。ラジオを鳴らしている(ラジオはクマよけなので嫌な顔はしないでほしいという登山者のブログを見たことがある)。その辺りからブナ林になる。新緑の中の快適な登行。

 見晴らしのよい場所に出た。左手に竜ヶ岳の端正なピーク。右手には遠足尾根らしきずんぐりとした稜線。下界はかすんでいる。高齢者の女性と壮年の男性という奇妙な二人連れが休憩している。女性は、竜ヶ岳に行くには手前の谷を下って登り返さねばならぬかと心配していた。この道は遠足尾根につながるから大丈夫と答えておいた。彼らと別れて先へ進む。下山者が増えてきた。登りは遠足尾根にして、金山尾根を下山に使うことが多いようだ。遠足尾根と合流し、笹原の道を行く。

 シロヤシオの林があるが、花は部分的。散り始めているのもある。治田峠への分岐を過ぎ、竜ヶ岳への登りにかかる。振り返ると、笹原にシロヤシオの木が散在したりかたまったりしているが、白よりも緑が勝っていて、言うところの「羊の群」には見えない。11時50分頃、登頂。

 登山者が十数人いるが、頂上は広いのでバラけている。滋賀県側からの風を避けて、かすんでいる伊勢湾を見ながら昼食。見下ろす斜面についている道は中道だろう。下って行く人が見え、このコースは使えるようだ。頂上から南へのびる道は石榑峠に下りる表道。その向こうには釈迦が岳、御在所岳、雨乞岳。北方には静が岳、銚子岳、藤原岳、御池岳。琵琶湖や伊吹、白山、御岳はかすんで見えない。

 12時20分頃、下山開始。帰りは遠足尾根を下る。シロヤシオの林があるが、こちらはもう終わっていて、ところどころ赤いツツジがきれい。遠足尾根は、いくつか小さな段差はあるが、だらだらとした下りで、一向に高度を下げない。日射しがまともで暑い。登ってきたアベックとすれ違ったのと、私の後から下りてくる二人の男性を認めた以外は、誰にも会わなかった。階段状に削られた藤原岳の無残な輪郭が見える。

 ようやく下り口に着くと、そこからはスギの植林の中の激下り。「遠足」という言葉に惑わされるが、それが形容しているのは「尾根」であり、尾根への取り付きは急傾斜なのだ。新たなコース整備のためなのだろう、いかにも作ったというような道。金山尾根の方がいいコースと私は思うが、遠足尾根にはシロヤシオの林があるので好まれるらしい。

 2時頃、登ってきた若い男性とすれ違う。今から登りかよ、とあきれたが、もっと上手がいて、2時半頃に駐車場に着き登山届に下山時刻を記入していると、これから登るという男が受付の女性と話していた。

 近くの入浴施設として教えてもらった阿下喜温泉は、藤原岳に登った時も利用した。平日の午後なのに入浴客がまあまあいる。登山者らしき人もいるが、多くは近隣の高齢者のようだ。私たちはみんな風呂好きだ。

 シロヤシオの花は期待したほどではなかったが、時期のかげんや、年による差もあるのだろう(花にも表年・裏年というのがあるらしく、2014年はたくさんの花をつけたようだ)。あるいは植物相の変化や獣害の影響ということもあるのかもしれない。そのときどきに見ることができたものを喜ぶべきなのだろう。

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