井本喬作品集

夏沢峠

 八ヶ岳はそんなに好きな山でもないのに、因縁めいたものがあるのか、行く回数が増えていく。歩いたコースは地図上に赤い線を引いて達成感に浸る。この前は、未踏だった麦草峠と雨池峠の間を歩いて、蓼科山から天狗岳までのコースをつないだ。さらに天狗岳と硫黄岳の間の空白を埋めれば、蓼科山から赤岳までをつなぐことができる。天狗と硫黄の間にある夏沢峠という名前にも惹かれる。

 最近は夏の天候が安定しない。素人判断で気候変動のせいにするのはおこがましいが、登山の季節として夏がふさわしくあり続けるのか、疑問に思える。日帰りだから一日晴れればいいのだが、なかなか日程が取れず、曇り空でも雨さえ降らなければいいやと、ようやく八月の終わりに出かけた。

 2016年8月25日(木)の夜、諏訪SAで仮眠、26日(金)、明るくなってから中央道を降り、尖石遺跡を通って桜平を目指す。唐沢温泉との分岐からほぼ無舗装(部分的にコンクリート舗装)の道となる。ひどい道だ。以前パンクした聖岳登山口の便が島への道を思わせる。ゆっくり慎重に走って、何とか桜平の駐車場へ着く(8時前)。既に多くの車が停まっているが、一番奥の駐車場に空きスペースを見つける。

 夏沢鉱泉までは地道だが車は通れる道だ(一般車進入禁止)。夏沢鉱泉の建物は上等な山小屋という感じ。外には誰もいなかった。登山届の用紙があったので記入して箱へ入れる。ここから登山道になるが、オーレン小屋まではならされた道だ。降りてくる人とすれ違うようになる。中学生らしい団体もいた。オーレン小屋にはさらに大勢の生徒がいて、教師が「ウンコ、いやテンコ」という誰も笑わぬ冗談を言っていた。

 オーレン小屋からは道は三つに分かれる。右から順に、硫黄岳、夏沢峠、天狗岳への道だ。どちら回りでもいいのだが、まず天狗岳を目指す。北八つ特有の(ここは南北の中間だが)シラビソの林の登りである。天気のいいせいか、うっとうしい感じではない。木の幹のタテ半分が日に当たって白くなっている。木漏れ日が地面に届いている。こういう明るさであれば、日射しを避けられる林の中は好ましい。ほどなく夏沢峠への分岐があるピークのようなところに着く(箕冠山)。分岐を見送って少し下ると、砂地になった広いコルに出た。植物保護のためだろう、ロープで道が限られていた。左端の斜面に落ちかかったような根石岳山荘があった。小さな二棟の小屋だ。左の棟は古びた屋根にたくさんの石を乗せた、今にも壊れそうな建物だ。目の前のピークは根石岳である。その左に西天狗岳が見える。東天狗岳は根石岳に隠れてまだ見えない。振り返れば、硫黄岳と、その右に赤岳と阿弥陀岳が顔を出しているが、雲がかかりだしている。近頃の大気の状況ではガスは覚悟していた。

 コルからは先は林がなくなった。根石岳を登っていくと西天狗岳と吊尾根でつながった東天狗岳が見えてくる。すぐに根石岳の頂に着く。いったん下って、東天狗岳とのコルには本沢温泉への下り口がある。東天狗岳への登りにかかる。西天狗岳はきれいな形をしているが、東天狗岳の頂きは瘤のようになっている。瘤のところはちょっとした岩場だ。基部にキャットウォークのような通路が設置されてあった。

 東天狗岳頂上には十数人の人がいた(11時頃)。周囲は雲に囲まれかけていて遠くの眺望はない。北を見ると、ガスが眼下まで押し寄せてきて、黒百合ヒュッテが現われたり隠れたりしている。南は硫黄岳の頂にガスがかかり、赤岳や阿弥陀岳は見えない。西や東は麓の平野が雲の下だ。隣の西天狗岳はよく見えて、人がいるのも分かる。

 天狗岳に来たのは、はるか以前の学生の頃、49年前の5月だ。二人の友と渋の湯から登って黒百合平でテント泊、翌日天狗岳を往復後、中山峠からニュウを経由して白駒池まで行った。そのときのルートを目で確かめようとしたが、ガスのせいもあってはっきりしない。

 登山者たちは早くも食事にかかっている。皆はどういうルートで登って来て、どのルートで降りるのか分からないが、これから硫黄岳へ行こうという人はなさそうだ。西天狗岳は前回登っているので省略して、来た道を引き返して夏沢峠へ向かう。また林の中に入る。分岐からしばらくはなだらかだが、やがて下りとなる。木の間から硫黄岳がのぞかれる。

 夏沢峠は思っていたのとは違って、殺風景だった。尾根の幅が狭く、二軒の小屋の隙間を縦走路が通る。天狗岳側から見て、オーレン小屋へは小屋の手前を右へ下り、本沢温泉へは小屋の間の通路を抜けた先を左へ下る。硫黄岳の爆裂火口壁を間近に見ながら昼食にする(12時頃)。縦走路と峠越えの道が交わる十字路なので、ときどき人が来る。

 小屋は二軒とも閉まっていた。ヒュッテ夏沢には営業休止の張り紙があるが、山彦荘には何の案内もない。「ヤマネとモモンガの小屋」と書いた看板を見ていた二人の登山者に、本沢温泉の方から登って来た男の人が、「泊まるお客さん?」と声をかけた。登山者は否定してオーレン小屋の方へ行ってしまった。私は硫黄岳の登りにかかるが、振り返ると男の人が山彦荘の戸を開けていた。常駐ではなく通いなのだろうか。

 夏沢峠で見かけた親子連れ(両親と小さな男の子と女の子の四人)を追い越す。振り返ると、下方に夏沢峠の二つの小屋の青と赤の屋根が見える。峠では隠れていた天狗岳も見え出す。左下方には木々の中にオーレン小屋も見える。

 爆裂火口の縁が見えるようになると、岩や石の斜面になり、道を示すケルンが並んでいる。火口壁が見える頃、ガスが出てきた。だだっ広い頂上は薄いガスが流れている。誰もいない。火口にガスが流れ落ちている。赤岳方面は雲の中。わずかに硫黄岳山荘へ下る尾根が見える。尾根にはケルンが一列に並んでいる(1時半頃)。

 ガスの中、赤岩の頭へ下る。この道は赤岳鉱泉から登ったことがあるが、記憶に残っていない。土がむき出しになった斜面だ。赤岩の頭の分岐からオーレン小屋への下りは林の中。林相はいろいろで北八つとは雰囲気が違う。登ってきた中年女性の四人連れとすれ違い、一人が「見えましたか」と問うたので、「ガスです」と答えると、「そうでしょうねえ」と応じた。やがて北八つらしいシラビソの林となって、峰の松目への分岐を過ぎて、オーレン小屋に戻った。小屋からは誰にも会うことなく夏沢鉱泉へ下る。夏沢鉱泉では入浴を済ませたらしい若い男の二人連れがいて、彼らの後ろについて登山口の桜平へ(3時40分頃)。

 唐沢温泉への分岐までのダートな道はもう様子が分かっていたから、そんなに苦労せずに通過した。尖石遺跡の先に尖石温泉縄文の湯というのがあったので入る。さて、どこかで食事をして、夜道を帰ろう。

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