井本喬作品集

平凡な孤独

 私は一人暮らしで、仕事はなく、一日家にこもっている。訪ねてくる人はいない。だから、毎日誰とも話をしないで過ごすことになる。例外は、私が毎晩食べ物を買いに行くスーパーマーケットのレジ係の店員である。彼ないし彼女は、いらっしゃいませ、今晩は、ポイントカードはお持ちですか、×円頂戴いたします、○円のお返しです、ありがとうございました、またおこし下さいませ、と連続的に話しかけてくれる。私はたいていうなずくだけだが、彼ないし彼女がレジ袋をくれそうになるときだけ、袋はいらないと言う。私は環境保護に少しだけ関心があるので、以前に貰った袋を持参して行く。袋を受け取らないとスタンプカードに判を押してくれる。判20個でカードが一杯になると買い物の料金を100円割り引いてくれる。

 レジの係は品物の値段をバーコードで読み取るとき、いちいちいくらですといわねばならないマニュアルになっている。確かめたわけではないのだが、そうするレジ係がいるのだから、そうなっているのであろう。そういうマニュアルがない限り、わざわざそんなことはしないはずである。しかし、そうしないレジ係もいる。そうしないレジ係がいたとしても、そういうマニュアルがないことの証明にはならない。私も勤めていたことがあるから、マニュアルがきちんと守られないことは知っている。品物の値段を声に出すというのは、上部の方針であろう。上部の人間はそれをサービスの向上になると思っている。現場としては、声掛けのマニュアルでさえ大変なのに、その上さらにそんな面倒臭いことをしたくない。しなくても支障がないし、したところでお客が喜ぶわけでもないからである。どうせお客はレシートで確かめるのである。マニュアルを徹底するためには現場を納得させなければならないのだが、それは経営の役割だ。

 私はそんな風にしてこのスーパーマーケットの経営について判断する。判断したからといって誰かにそれを話すわけではない。

 もう一つの例外は売り込みの電話である。私もむかし電話セールスをしかけたことがある。英会話学習のテープを売り付ける仕事である。その遣り口は、新聞広告に応募してきた人間を誰彼となく雇い、その人間の手に入れることができる名簿を使わせて片端から電話をかけさせる。めったにいないが話を聞いてくれそうな相手に当れば、直接会って売り込む。テープといってもサポートシステムとかいうもの付きでべらぼうに高く、買ってから後悔することは必至の代物である。それをうまくいいくるめて契約させれば歩合が入ってくる。基本給というものもあるが、その仕事は長続きするものではなく、一時に稼いで後は逃げてしまうような性質だったので、一件も成立させないうちにやめてしまった。そのときの電話をかける苦労を知っているから、いくぶん相手に同情するところがあり、一応話は聞いてみることにしている。しかし、向こうが先に切ってしまうときがある。「奥様はいらっしゃいますか」化粧品か何かの売り込みなのだろう、男が電話に出たので心外だというようなニュアンスが感じられる。私は「いません」と答える。正確には「私には妻はいません」と答えるべきなのだろう。こんなそっけない答えでは、妻が出かけていていないのか、妻と呼ぶべき女性がいないのかの区別がつかない。しかし、そこまで親切に教えてやる必要もない。私は嘘をついているわけではないので、その解釈は先方にまかせる。疑問があれば相手の方から「奥様は出かけられておられるのですか、それとも奥様をお持ちではないのですか」と聞いてくるだろう。そこまで物事を突き詰めようとする相手ならじっくり話してもよい。そういう人間はめったにいないので、彼または彼女は「ではまたお電話します」と切ってしまう。「いつ電話してもいませんよと」言ってやれば、今度電話する手数がはぶけるだろうが、たいていは二度と電話してこないので私は何も言わない。

 相手をからかったり困らせてやろうというつもりはないのだけれど、うまい断り方はないかと話を続けるうち、お互いに切るに切れなくなってしまうこともある。この間、鍵の売り込みの電話があった。最近強盗が増えていること、サムターン回しという手口が使われるようになったことなど、テレビでもとりあげている話題なのでタイムリーな売り込みである。私の家はガラス戸が多いので鍵を厳重にしてもガラスを割られてしまえば効果がないと断っても、いろいろ防犯器具がありますからとねばる。必要なのはむしろ防犯カメラだと思うがお宅では扱っているかと問うと、向こうは「うちは防犯カメラもやってる?」と誰かに聞いていた。電話の売り込みは臨時雇いか新人にやらせることが多いのだが、そういう連中はセールスマニュアルに載っていない商品知識は持っていない。「はい、ございます。防犯についての総合的な取扱いをしております」と返事があったが、それ以上詳しい話にもつれ込んでしまってお互いによく知りもしないことを話しても相手の時間を無駄にするだけなので、切らせてもらった。

 そういう電話も頻繁にあるのではないから、誰とも話をしない日が続く。先日スーパーマーケットの近くでめずらしく声をかけられた。スーパーマーケットへ行くのは夜である。不景気なのでこのスーパーマーケットは午後11時までやるようになった。閉店時間近くになると食料品の一部は割引になる。それを期待して行くのだが、閉店時間が遅くなると割引になる時間も遅くなる。買い物に行こうと信号待ちをしていると、中年の男が近づいてきて「素晴らしいお話があるんですが」と言う。信号が変わらないので動けないでいると、男は悩みとか生き甲斐とかについて喋り出した。どうやら講演会みたいなものの勧誘だ。宗教関係のようだが信号が変わったので詳しいことは聞きそびれた。

 それでモルモン教のことを思い出した。大学生の頃だから60年代の終わりだろう。髪の毛をきちっと刈って清潔な服装をしたひとりの若いアメリカ人が、神戸の元町通りでモルモン教の布教活動をしていた。通行人に呼び掛けるのだが、誰も相手にしない。声をかけられた私は、立ち止まって彼と日本語で話した。日本人は無神論者が多いから布教は難しい、というようなことを言ったように思う。彼は別れ際に握手しながら、あなたは知的な日本人だ、と言った。そういうたわいもいない会話を交わす相手も見つけられないようだった。

 もう一度彼らと話したことがある。元町にいたのとは別の青年二人が、たまたま布教活動で郊外にある私の家に訪ねて来た。私も在宅していて、母と一緒に玄関で応対した。母がお茶を出し、二人は上がり口にすわって、私たちに問われるままに彼ら自身のことを話した。期間を決められたそのような活動が義務になっていて、ソルトレークシティの本部から世界各地に派遣されるのだが、行き先については本人の希望は聞かれない。彼らは話をすることが楽しそうだった。たぶん、どこの家でも冷たい扱いをされてまいっていたのだろう。一定の期間が過ぎれば故郷に帰って一定の地位を得られるのであろうが、異国人の異教徒の群れの中で絶望的な戦いをしている彼等の姿は、こっけいで悲劇的なもの、悲哀と崇高さのようなものを感じさせた。

 ただし、彼等は孤立を強いられてはいるけれど、故郷とは強いつながりを保っている。孤独ではない。たとえ、故郷と呼べる地においてさえ孤立していても、神を信じていればその人は孤独ではないだろう。

 近頃でも布教活動をしている人々が訪ねてくることがある(モルモン教ではない)。暇なのと、相手の報われない(と思われる)努力に同情する気になって、門前払いすることなく会話する。それに味をしめたのか、二、三カ月に一度彼らは訪ねてくる。歓迎するのではないが、行きがかり上相手をする。ただし、彼らの話を聞くだけでなく、宗教問答を仕掛ける。なぜ神は世の中の悲惨を存在させたままにしておくのか、などと。しかし、理詰めの私の追及は彼らの信念を微動だにさせることができなかった。信じるというのはそういうことなのだ。いくら都合の悪い事実を突きつけられても平然と無視できるのである。しかも、同じ信仰をもつ仲間がいれば、彼らの正しさが証明されることになる。無信心者からいかに無視されようと平気である。神が孤独を救うまでもないのだ。

 孤独に苦しんでいれば、そういう誘いに引き込まれてしまうかもしれない。しかし、私は孤独を苦痛とまでは思わない。だから、誰にも救けを求めない。それは真の孤独ではないのかもしれない。とはいえ、行きずり以上の人間関係がないという意味では、私が孤独であることは間違いないであろう。

 孤独な日々が過ぎていく。少なくない数の高齢者が私と同じような孤独の身であるようだ。彼らが孤独に陥っているのは、孤独であることを強いられたからではなく、孤独であることがそれ以外の状態より好ましいからかもしれない。回りから見れば悲惨としか言いようがなくても、孤独であることに安住しているのかもしれない。それ以外にどうしようもないから。

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