井本喬作品集

タイムマシーンの使い方

 この地に立ち寄った仮屋俊一から電話をもらったとき、私はあるグループの集まりに出る予定があり、それが終わってから会う約束をした。少し遅くなるが、その日は土曜日、徹夜したってかまわない。

 そのグループとはSFマニアの連中が作ったものだった。そのグループのメンバーの興味はサイエンスにあるのではなくてフィクションにあった。科学的であるより空想的であった。そうであったからこそ、このような事件が起きたといえよう。

 人が集まればそこに感情のやりとりと葛藤が生まれる。男と女がいれば恋をする。恋に破れた男が恋敵にけんかを吹っかけ、相手もそれに応じる。よくある話だが、ケンカの方法が変わっていた。一人が奇妙な機械を組み立て、これはタイムマシーンだともう一人に言ったのだ。笑う相手に、機械を作った男は大真面目で挑戦した。このタイムマシーンが正常に作動するか賭けてみないか。賭けの内容は明らかにされなかったが、たぶん争いの元になった娘に関することだったのだろう。賭けはなされた。

 その日集まったのは賭けの当事者二人と少数の友人で、タイムマシーンの公開実験に立ち会うことになっていた。タイムマシーンの作成者であり、会場となった家の所有者である小川。賭けの挑戦者である山下。二人の恋の対象である渡辺。その他に男一人、女一人、そして私、合計6人。誰もタイムマシーンなど信じてはいなかったけれど、何かびっくりさせるような仕掛けがあるのではないかと期待していた。

 まずガレージを実験場に模様替えすることから始めた。ガレージはやや広めで余裕はあるが車2台は入らない。小川の車を外へ出して路上駐車させ、隅にあったタイムマシーンをガレージの中央に運ぶ。タイムマシーンの横にエネルギー充填機という鉄板とパイプの複雑な塊を少し離して据える。エネルギー充填機からタイムマシーンには二本のホースがつながっている。

 タイムマシーンはジェットスキーをベースにし、不可解な部品で凹凸を作っている。小川はタイムマシーンにまたがり、操作方法を説明した。ハンドルの中央にテンキーのようなものとディスプレイのパネルがある。キーはY、M、D、T、−、S、0〜9の十六が四列四行に並んでいる。

「操作は簡単。Yは年、Mは月、Dは日、Tは時間、−は過去、Sはスタートだ。移動したい時間を設定してスタートキーを押す。それだけ」

 小川は子細らしくタイムマシーンのあちこちをチェックした後、エネルギー充填機のホースをはずした。

「準備オーケーだ。出発前の腹ごしらえをしよう」

 小川がガレージの片付けをしている間に私達は食事の準備をした。食事は皆が持ち寄った食べ物を食べ、ビールを飲む。小川の家ではしょっちゅうグループの集まりがあったので、皆勝手を知っていて、台所へ行ったり便所へ行ったりする。誰がいなくなったかはいちいち気にする者はいなかった。小川が腰を落ち着けているので、今日のタイムマシーンの余興はお流れになるのかと皆が思いだした頃、小川が言った。

「山下はどこへ行った」

 しばらく前から山下がいなかった。その不在は長過ぎた。

「あいつ、タイムマシーンをさわっているのじゃないか」

 小川がそう言ってガレージへ向かったので、成り行きを心配した私達は小川の後についていった。ガレージは横手にドアがあり、小川が開けようとしたが開かない。

「鍵がかかっている」

 シャッターの開閉ボタンのボックスはもともと施錠してある。小川が中に声をかけるが返事がない。小川は家に戻り、上着のポケットの中の鍵を持ってきた。ガレージは点灯してあって、中に入った私達はエネルギー充填機の前に山下が倒れているのを見た。頭から血を流している。エネルギー充填機に立て掛けてあったパイプが散乱していた。小川は山下のそばにひざまずき、様子をうかがい、呆然としている私達に指示した。

「救急車を呼んでくれ。それから包帯か何か止血できるものを。なければタオルでもいい。救急箱に消毒液があったはずだ。それと毛布を」

 私達ははじかれたようにガレージから飛び出した。

 救急車が来るまで動かさない方がいいと小川が言うので、山下の頭にタオルを巻き、体に毛布をかけて待った。救急車はなかなか来ないように思えたが、そんなに長い時間ではなかった。山下の意識は回復しなかった。

 待つ間、何もすることがないので、私はタイムマシーンを何となく眺めていた。ディスプレイの表示が変わっている。先ほどは0が並んでいたのに、Tの表示が−1になっている。

 救急車が来たので、渡辺が付き添って同乗した。救急隊員はもう死んでいると難色を示したが、無理矢理頼み込んで病院へ運び込んだ。私達は小川の車でついていった。病院で山下の死亡は確認された。私は仮屋との約束をキャンセルするため電話した。

 仮屋はもっと詳しく話を聞きたいと言った。状況から考えれば、明らかに事故である。鍵のかかった密室の中で倒れていたのだから、転んで頭を打ったとしか考えられない。たぶんタイムマシーンがからんでいることが彼の興味を引いたようだ。山下の死は不審死になるので、明日解剖されることになった。警察の現場検証と事情聴取のため私達は小川の家に戻ることになり、私はその後で仮屋に会うことにした。

 警察の当面の見解は、山下が何かで転んでエネルギー充填機とやらいう物に頭をぶつけたというものだった。エネルギー充填機には血痕が見つかった。最終的な結論は解剖の結果が出てからになる。

 もはや日付けは変わって疲れきっている私を、仮屋は眠らせてくれなかった。

「山下が私達から離れてガレージで発見されるまで、私達5人は一緒だったと思う。誰かが少しぐらい席をはずしたかもしれないが、そんなに長い時間ではない。私達がガレージに行った時、ガレージのドアは中から鍵がかけられていた。誰かが山下に危害を加えたとしても、どうやって逃げたか。鍵は小川の上着のポケットにあって、その上着は私達のいた部屋にあった。鍵を誰かが持ちだしたということはない」

「もし殺人事件なら、密室殺人というわけか。しかし、君は忘れてはしないか。ガレージは完全な密室ではなかったはずだ」

「出入り口はシャッターとドアしかない箱のような空間だよ。どこに抜け道があるというのだ」

「三次元的にはね。タイムマシーンがあるじゃないか」

「タイムマシーン。まさか時間旅行者が殺人を起こしたというのではないだろうな」

「どうしてその可能性を排除するのだ。小川には動機があり、タイムマシーンがあった。過去か未来かに彼はタイムマシーンに乗り、昨日の事件の起こった時刻にガレージに現れる。そして山下を殺して再びタイムマシーンに乗り時間軸に沿って逃げ出す」

「まさか本気じゃあるまいね」

「あらゆる論理的可能性を検討してみるべきだろう。どこかに矛盾が生じるかも知れない」

「では、あのときガレージにはもう一人の小川がいたと考えるわけか」

「もう一人の小川ともう一台のタイムマシーン」

「馬鹿馬鹿しい」

「この事件の特徴は、タイムマシーンという奇妙な代物がなぜ登場する必要があったかということだ。たぶんそれが解決の鍵なのだ。ところで、小川が過去から来たとしたら、なぜあのとき山下が一人でガレージにいることを知っていたのだろう」

「山下がそこにいるように小川がしむければいい。たとえば話したいことがあるから先に行って待っててくれとでもささやきかけて」

「なるほど。しかし確実性に欠けるな。未来から来る方が簡単だ。山下が鍵のかかったガレージに一人でいることは既定の事実だから。そして彼が殺されることも。むしろ、その事実を達成するために小川は未来から来なければならない」

「いい方法がある。タイムマシーンに乗って昨日へ行ってみれば、真相がはっきりする」

「事件現場に、山下と小川と君と僕と、そして三台のタイムマシーン。たぶん小川は僕らを殺そうとするだろうな」

「すると、僕は昨日ガレージの中に僕の死体を発見することになるのか」

「未来のある時点での過去においてね。時間旅行のパラドックス。何がおかしいの」

「いや、広いとは言えないあのガレージの中に次から次へとタイムマシーンが現れて来るなんて、喜劇的すぎて、殺人には似合わないよ」

 私のその発言に仮屋は考え込んだ。ようやく私は寝かせてもらえた。

 すぐ朝になり、仮屋は情け容赦なく私を起こし、小川の家へ向かわせた。小川は私達の訪問を不審がったが、拒否はしなかった。私達はガレージに入った。ガレージの中はほぼ昨日のままだったが、血痕は拭き取られていた。

「こいつは出来るだけ早くバラして棄ててしまおうと思ってる」

 小川がタイムマシーンを示しながら言った。仮屋は真面目に答えた。

「大発明を、もったいない」

「冗談だったんです。みんなを面白がらせようとして。作動させたって何も起きはしない。馬鹿なことをしなければよかった」

「でも、興味深い機械ですね。これは左右対称ではないのですか」

「ほぼ左右対称のつもりですが」

「こちら側にあるこの横棒ですが、向う側にはついていませんね」

「厳密に左右対称というわけではないんです。どうせいい加減に作ったものですから」

「ところで、この機械をこの場所に据えたのはいつですか」

 私が答えた。

「昨日だよ。車と一緒にあったので、車を出してあの隅からここへ運んだ」

「君はこれを運ぶのを手伝ったのか」

「そう」

「どこを持った」

「その横棒さ」

「山下さんも運ぶのを手伝ったのか」

「そうだ。僕と二人で運んだ」

「山下さんはどこを持ったのだろう。向う側は横棒がついてないので持ちにくそうだが」

「反対側は見えなかったから、よく分からない」

「山下さんは物事をはっきりさせないとすまない性格だったのではないか」

「そうだ。いいかげんにしとくのが嫌いでね。それがトラブルのもとになることもあった」

「だから黙って一人でタイムマシーンを調べようとしたんだな。タイムマシーンなんて馬鹿げたものは信じはしないが、何かトリックがあって、一杯食うかもしれない。そこで事前に調べてみたかった。もし彼がタイムマシーンを作動してみようとしたら、目標はいつにしたと思う」

「表示が一時間前になっていた」

「慎重な人間なら、安全を考えて最も近い過去を選ぶだろう。このタイムマシーンの最低目盛りは一時間だ。彼は一時間前にセットして作動させようとしたんだ」

 小川が口をはさんだ。

「でも、動きはしませんよ」

「動くと想定してみてはどうでしょう。山下さんはSFマニアだから当然知っていたはずですが、SFでは時間移動した先の空間に物質があった場合、物質が重なってしまって危険であるということがいわれる場合があります。一時間前にはタイムマシーンのあるところに車がありました。山下さんは安全を考えてタイムマシーンを動かそうとしたと思います。ここの位置に運んだとき持ったところを持って、引きずればいい。ここには反対側と同じような突起が二つあるので、横棒がついていたはずです。山下さんは横棒を持って、力を入れて引きずろうとした。そのとたん、横棒がはずれて、彼は後ろに倒れ、エネルギー充填機に頭をぶつけたのです」

「じゃあ、やはり事故なのか」

「事故ではないよ。最初運ぶ時横棒はちゃんと溶接してあった。山下さんが一人で動かそうとした時には、ただとめてあるだけの状態になっていた。タイムマシーンを君らに見せた後、先に君らをガレージから追い出して小川さんが細工したのだ」

「それでエネルギー充填機が必要だったわけか。こんな重くてごつごつした危ないものをなぜ置いてあるのかと不思議だったんだ」
 それまで黙って聞いていた小川がいらついて言った。

「馬鹿なことを。たとえ横棒がとれたとしても、そんないい加減なやり方で人が殺せるものか」

「確かに、そんなやり方では確実に人を殺すことはできない。ただ、成功すれば気絶させることぐらいはできる。致命傷は二回目の打撃だ。現場から他の人を遠ざけた後、意識のない山下さんの頭を何かで殴ったのだ。凶器はもう処分してしまっただろうが。あなたは予想していたことだが、山下さんは中から鍵をかけていたのでガレージは密室になっていた。外からの侵入は不可能だから警察は事故として扱うことになる」
 小川が怒鳴った。

「そんな馬鹿馬鹿しい話を誰が信じるものか」

「警察を甘く見てはいけない。山下さんの傷が調べられれば、打撃が違った角度で二回あったのが分かる。あなたは山下さんを引っ掛けてやろうとこのトリックを作ったが、あまりにうまくいったので、計画に引きずられるように最後まで行ってしまった。もう後悔が始まっているはずだ。SFやミステリのファンのように空想に頼る人間は、警察の厳しい取り調べに耐えるのは難しいと思うよ」

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