査察者 Ⅰ
1
ドローンは飛田をフィールド28へ運んだ。金山理事長の声がスピーカーから呼びかけた。
「着いたよ。説明していた通り、ここからは連絡を断つことになる。成果を期待している」
こちらの返事を待とうともしないで、狭い箱の入り口が開いた。飛田が外へ出て安全なところまで離れると、ドローンは飛び上がり、挨拶の素振りをするでもなく、すぐに視界から消えた。
「愛想のない奴だ」
飛田はつぶやいた。不安だったのである。まるでサバンナかヒマラヤに置き去りにされたような気分だった。改めて辺りを見渡す。廃墟のようだった。というより、廃墟だ。人口集中化政策で見棄てられた地方都市を使っているのだ。これが彼等にとっての「自然」として設定されているのだろう。突然、瓦礫の中から小さな塊が飛び出した。飛田は驚いたが、すぐに危険はないことが分かった。犬か猫のようなロボだ。いや、むしろ兎と言った方がいいかもしれない。飛田がそういう判断をしかけたときに、ヒューという音がし、同時に兎ロボは再び瓦礫の中に走り込んだ。兎ロボのいた辺りの地面に矢のようなものが刺さっていた。
「あなたは人間ですか」
背後の声に振り向くと人間型のロボがいた。見なれた標準型のロボ、機能的だが面白味のない形態のロボだ。ロボは矢をつがえた弓を左手に持っていたが、右手は弓から離している。
「そうだ、人間だ」
「人間を見たのは初めてです」
「こっちへ来い」
ロボは弓をたたんで矢と一緒に腰の収納ポケットの中にしまうと、急ぐでもなく飛田の傍へ来た。
「ロボは人間の言うことを聞かねばならない。分かっているな」
「はい」
「じゃあ、まず質問に応えてくれ。この矢を射たのはお前か」
「そうです」
「何のために」
「ケモノを狩るためです」
「ケモノ?ああ、さっきの兎だな。あいつをどうする」
「バッテリーを取ります」
「バッテリー?それをどうする」
「使います。余れば交換します」
「使う?交換する?どういうことだ。もっと詳しく説明しろ」
「私のバッテリーは切れかかっているので、ケモノのと入れ替えます。もっとケモノが取れれば、そのバッテリーを矢と交換します」
「交換のシステムがあるのか。バッテリーが通貨になっているのか。それとも物々交換かな」
「通貨とは何ですか」
「まあ、いい。それより、これから私を案内してくれ」
「はい。どこへですか」
「オルトK4とアクセス出来るところだ。」
「オルトK4とは何ですか」
「知らないのか。ここのシステムの中枢じゃないか」
「分かりません」
飛田はあきれたようにロボを見た。この役立たずとののしりたい気もしたが、それよりもこれからの困難が思いやられた。飛田が黙っているのでロボの方が声を出した。
「もう行ってもいいですか」
「まだだ。しばらく私の供をしろ」
「どれくらいの時間ですか」
「私がいいというまでだ」
「それではバッテリーの補充に問題が生じます」
ロボにしてみれば必要な情報を提供しただけなのだろうが、飛田にはまるで不平を言っているように聞こえた。飛田は怒鳴りつけたい気持ちを抑えて聞いた。
「あとどのぐらい持つのだ」
「一時間と持たないでしょう」
「分かった。バッテリーは私が支給する」
まるで桃太郎のきび団子だなと飛田は苦笑した。飛田は背負っていたバックパックを開けてバッテリーを取り出した。
「これで合うか」
ロボは受け取ったバッテリーを腹の中の古いバッテリーと入れ替えた。古いバッテリーは無造作に棄てた。
「合いました。これはかなり持続時間が長いですね」
「ここで流通しているバッテリーの持続時間はどのくらいなんだ」
「標準で48時間です」
バッテリーのもちをかなり短くしているようだ。そのことがシステムの要件として重要なのだろうかと飛田は考えた。
「ところで、お前の名前は何という」
「識別番号ですか」
「それは面倒だ。では、えーと、フライデイとでもしておこうか。これからお前のことはフライデイと呼ぶ。フライデイよ、お前がバッテリーと矢を交換する相手に会わせてくれ」
「はい」
バッテリーの心配がなくなったのか、今度は素直だった。
「そこまでどのくらいある」
「ここから2km以内です」
「では、行こう。私がついて行ける速度で移動してくれ」
フライデイは歩きだした。飛田は後ろについて歩いた。
「お前は他のロボを襲ってバッテリーを取ることはあるのか」
「いえ、ありません」
「なぜだね」
「ロボットの抵抗を無力にするのは難しいですし、こちらが破壊される危険もあります。ケモノをとる方が効率的です」
「ケモノのバッテリーの容量で間に合うのか」
「あいつらは太陽光で充電するバッテリーで動いているのですが、それ以外に、ロボ用のバッテリーも持っているのです」
「なるほど、そういうことか」
そのとき飛田は前方の瓦礫の中に動くものを見つけた。
「あれはロボか」
「そうです」
「知った奴か」
「接触したことはありません」
「よし、おーい、お前」
飛田は声をあげた。ロボはこっちを向いたようだった。
「私は人間だ。こっちへ来い」
フライデイと同じ型のロボが近づいてきた。
「止まれ。私が人間だということは分かるな」
「はい」
「では、私の言うことを聞け。このロボに」と言って飛田はフライデイを指し、「何をされても抵抗するな。分かったか」
「はい」
飛田はフライデイに向いて言った。
「このロボは抵抗しない。バッテリーが欲しければ、取ってもいいぞ」
フライデイは突っ立っているロボの腹を開けてバッテリーを取った。ロボは緊急バッテリーの作用でまだ立っていたが、そのうち倒れるだろう。飛田はフライデイがバッテリーを収納ポケットの中に入れるのを確認してから言った。
「OK、確かにお前はエゴイストだ。バッテリーをこのロボに返してやれ」
2
「君はロボット三原則を知っているね」
三日前に金山理事長のレクチャーを受けたとき、いきなりそう質問されて飛田は戸惑った。
「はあ、大体は」
「では、確認しておこう。ロボット三原則はこうだ。第一、ロボットは人間に危害を加えてはならない。第二、ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。第三、ロボットは、第一および第二の原則に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。この原則は人間の存在を前提にしている。人間がいなくなれば、これの言っていることは単純にこうなる。ロボは自己を守らなければならない。つまり、人間がいなければ、ロボは完全なエゴイストとして機能することになる」
「はあ」
「現在生産されている全てのロボットは、基本的にはこの原理に基づいて設計されたものだ。人間が一緒にいる限り、それで問題はなかった。人間が関与しない場合、つまりロボだけの集団において、ロボたちが協調できるかということについては今まで検討されてこなかった。その必要がなかったからね。しかし、最近になって、エゴイストとしてのロボが協同することができるかという疑問は、実際面と理論面の両方の課題となっている。実際面としては、ロボだけを乗組員とした宇宙船による宇宙探査の計画がある。人間ではできない長期ないしリスクの高いミッションにロボを使う必要性は高い。だが、たとえミッションを与えておいても、具体的な実行において複数のロボが人間なしにうまく協同できるかよく分かっていない」
飛田の戸惑いはまだ続いていた。それと自分が呼ばれたことに何の関係があるのか。しかし、とりあえずは会話を合わせておくことにした。
「ロボの改良は難しいのですか」
「改良案はいろいろある。しかし、実際にそれらがうまくは働くかは不明だ。今の型式のロボなら実績が積み重ねられているから、プログラムに信頼が置ける。また、今あるロボを使うのが工学的にも望ましいのだ。予測の精度が一番高いのはエゴイズムに基づく行動パターンなのだ。違う原理が組み合わされると要因が多くなりすぎて予測がほとんど不可能になってしまう。だから、現状のロボのままで、それにうまく合ったシステムの構築が求められている」
「はあ」
金山理事長は飛田のあやふやな反応は無視して続けた。
「それに、理論的な側面もある。人間というのは、本来――というのは遺伝的にということだが、本来利己的であるはずだが、協同して文明を築いてきた。それならロボにもそれが可能なはずだろう。そのことから、逆に、遺伝的進化論の仮説の検証にロボを使う試みがある。一定の条件のもとでロボに協同が可能なことが証明できれば、利己的な遺伝子に支配された人間に協同が可能になったことの解明につながるというわけだ。君も知っているように、人間の行動における利他的な要因というのはいまだに不可解なままだ。そんなものはないというのが支配的な考えだが、一部の論者はそういう要因がない限り人間は社会を形成し得ないと主張している。たとえば信頼といったことも、相手の利他性を前提しない限り、合理的にのみ検討すればリスキー過ぎるからね。むろん、一般的な解釈は、利他的であると思われることは利益になるから、利他的に振る舞っているだけであり、相手を騙すにはまず自分を騙すのが最も効果的だから、自分でも利他性を信じてしまう、というのだが」
金山理事長は哲学的な瞑想に陥りかけたのに気がついたのか、話を飛田のことに戻そうとした。だが相変わらずまどろっこしい。
「わが独立行政法人人工知能研究所は、このことに関して大掛かりな実験を行っているのだ。極秘だから君も知らないだろう。この分野では競争が激しくてね、情報管理は徹底させている」
「私がそれに参加させていただけるのですか」
「そうでなければ、君に話したりはしない。こういう実験は他国でもやっているが、成功例はまだないようだ。条件・制度をどのように設定・設計すればいいのか、微妙で困難な問題がいくつもある」
金山理事長は少し間を置き、飛田を見つめたまま続けた。
「しかし、我々も驚かされたのだが、この実験を任せているコンピュータの一つから成功したという報告があった。ところが、実験の詳細がはっきりしないのだ。シミュレーションで確認しようとしても、どうもうまくいかない。どうやらその場で実験を確認するしかないらしい。それを君にやってもらいたい」
飛田の困惑は増すばかりだ。彼は科学者ではないし、コンピュータやロボの専門家でもない。そもそも技術系ではなく事務系の職員なのだ。
「何をすればいいのでしょうか」
「現地に行って、確かめてもらいたいのだ。ロボたちが本当に協同できているのか。つまり、社会システム的なものを形成し得ているのか」
「それを、私がですか」
「そうだ。君は組織論や管理論が得意だろう。外部の専門家に頼む前に、内部で検証しておきたいのだ。恥をかくわけにはいかないからね」
「そのコンピュータは信用ならないのですか」
「データが不足しているのかもしれない。なにしろ、人間や社会というのは複雑だから、彼らには理解できないところもあるのだろう」
「私一人ですか」
「そうだ。できるだけ実験状況を変えたくないのだ。ロボは人間の言うことは何でも聞く。いわば、人間はロボたちの世界ではスーパーマンなのだ。そんな撹乱要因を多量に加えて実験結果を台無しにはしたくないからね。君は実験場に行って状況を実際に見て判断するのだ。そして、管理コンピュータに査問してくれ。ああ、そうだ、彼女の名はオルトK4だ」
「彼女?」
「やっかいなのは女と決まっている。ああ、撤回、これはセクハラ発言だ」
3
フライデイは黙って着実に歩いている。彼に聞いても得られる情報は少なかった。当然、実験前に既存の情報は消去されているはずだから、彼の持っている「記憶」はこの環境でどう「生きて」きたかに限られる。彼はバッテリーを得るためにケモノを狩り、狩りのための弓と矢はバッテリーと交換する。弓と矢を作るロボがいるようだから分業があることは確かだ。
「着きました」
フライデイが言って立ち止った。
「余ったバッテリーはあの中に持って行きます」
その建物は倉庫のようで外観はほとんど壊れてはいなかった。広い入口は開け放たれて、二体のロボが前にいた。
「あいつらが門番か」
「門番?ええ、そういう表現が適用できますね。持ち込むものがなければ、私を入れてくれません」
「かまわないから、一緒に来い」
飛田は入口に近づいた。門番のロボは弓矢を持っている。これが彼らの唯一の武器のようだ。
「入るぞ。こいつも一緒だ」
飛田はそう言うと建物の中へ入った。門番のロボは動かずに飛田とフライデイを通した。中は広い空間で、中央に台のようなものがあり、そこにロボが並んでいた。飛田はそれらのロボを無視して先頭まで行き、台の向こうにいるロボに声をかけた。
「ここの責任者に会いたい」
ロボは飛田の近づいてきたことは認識していたようだが、人間という要素が何の役割を果たすものかは理解出来なかったのだろう、彼の侵入を無視していた。声をかけられて初めて飛田に気づいたように、顔を向けた。
「責任者?具体的には何でしょうか」
「お前のボスだよ。ここを仕切っているロボ、親分、社長、何と呼んでいるか知らないが、ここのトップだ」
「代表ならREJ809765K11です」
「そいつはどこにいる」
ロボはぐるりと辺りを見渡した。
「あそこです」
ロボが指差した建物の隅に、三体のロボがかたまっていた。飛田はそっちへ歩きながら言った。
「フライデイ、さっきの識別番号で呼べ」
「REJ809765K11、人間が呼んでます」
ロボの一体が近づいてきた。向かい合って立つところまでお互いに近づくと、ロボは言った。
「何か御用ですか」
「お前にも名前をつけておこう。ええと、面倒だ、サンデイにしておく。これからお前のことをサンデイと呼ぶことにする」
「分かりました。それが御用ですか」
からかっているわけではないのだろうが、飛田はむっとした。ロボに感情的に対応しても始まらないのだが、それが人間のさがだ。
「用はこれからだ。私の問うことに答えるのだ」
「その命令の優先度はどの程度でしょうか。時間的な余裕は認められますか」
「最優先だ」
「はい、分かりました」
「お前がここのボスだな」
「ボスという言葉が妥当かどうかは判断しかねます」
「まんざら外れているというわけでもないということか。厳密な定義はいい。ここで何が行われているか、教えてもらおう」
「ここというのは場所のことですか」
「この場所だけではなく、お前の指示に従ってロボたちが何をしているかだ」
「望ましい答えになるかどうか判断がつきかねますが、説明します。ケモノを狩るロボたちは、ケモノから獲ったバッテリーを持ってきます。我々は交換に彼らに矢を与え、必要なら弓を貸します。一方、交換で得たバッテリーは、一部は我々が使い、他の一部は弓矢を作っているロボたちに渡します」
「弓矢を作っているロボはお前の部下か」
「いいえ。彼らは私の管理下にはありません、別のグループです。しかし、連絡は取っています」
「ふうん、商売をしているわけだな。それで、お前たちはバッテリーを蓄積できているのか」
「予備の蓄えはあります」
「投資として使うまでには至っていないわけだな。まてよ、弓は貸していると言ったな。弓は交換で渡すわけではないのか」
「一度にそれだけのバッテリーを持ち込めるロボはいないのです。だから、貸しています」
「その対価は?」
「持ってくるバッテリーの中に含まれることになります」
飛田は価値についての計算をしなければならないと思った。人間ならば帳簿を見せろと言うところだが、もちろんロボたちはデータの記録は自分自身で持っている。ロボに会計の概念があるのだろうか。あるいは、もう思いついているだろうか。
「お前たちから弓を借りたロボが、持ち逃げすることはないのか」
「矢がなければ、弓だけ持っていても仕方がないですから」
「どこか他で、バッテリーと矢を交換できないか」
「個々にそういうことは起こり得ます。しかし、弓を借りていながら、我々以外から矢を得ようとするロボがいれば、弓を取り返します」
「逃げてしまわないか」
「我々からは逃げられません」
「抵抗したらどうする」
「場合によっては、破壊します」
「そういう例はあるのか」
「逃げた例ですか、破壊した例ですか」
「両方」
「ありません。両方とも」
「合理的に考えれば、そういうことはしないということか」
「合理的の定義はどのようなものですか」
「いいんだ、感想だから」
飛田には概要がつかめた気がしたので、とりあえずサンデイにはもう用はなかった。他に似たような組織があれば調べてみたいが、どうもこの小さな市場は独占されているようだ。もっと情報を得るにはオルトK4と接触しなければならない。飛田は念のためサンデイに問うた。
「オルトK4とアクセスできる方法を知らないか」
「知っています」
意外な答えに飛田は驚いた。しかし、どうせサンデイにも分かりはしないと見くびっていたのは飛田の思い込みにすぎない。フライデイの無知からの類推でしかなかった。人間というのはこういうミスをするのだ。
「至急アクセスしたい。出来るか」
「出来ます」
4
サンデイが案内したのは地下空間の奥だった。地下も破壊をまぬがれてはいなかったが、全面的な崩壊はしていない。比較的簡単な経路でたどり着ける。秘匿という意図はないのだろうけれど、知らなければロボでもこんなところまで来ることはないだろう。一画が仕切られ、入口が一つある。サンデイが前に立つとドアが開いた。
「いらしゃい、REJ809765K11。人間も一緒なのね」
中にいたのはロボだった。いや、普通のロボではなく、オルトK4のコミュニケーション媒体だった。
「今日は、オルトK4。私が来ることは知っていたのか」
「知らされてはいませんでしたが、来られてからずっとモニターしていました」
「では、私が接触したがっていたのは知っていたはずだ」
「知っていました。でも、まず状況を見ていただいてからの方がいいと判断しました」
「見せてもらったよ、一部だけだけどね。では、説明してもらおうか、このシステムの設計と運営について」
「監督者には報告を出していますが」
「プログラムの詳しい内容はいい。言葉で説明してくれ。具体的に、簡潔に」
「分かりました。私に課せられたのは、ロボットたちだけで協同作業をするためにはどのようなシステムが必要かを研究する実験です。条件として、ロボットに共通のミッションは与えないこと、干渉は最小限にすること、でした。ロボットが自発的に作業をするには、彼らが目的とする唯一のこと、自己保存に働きかけねばならないのは明白でした。彼らが活動するには動力が必要です。ですから、バッテリーを自ら獲得せねばならないような環境を設定しました。彼らがケモノと呼んでいる低次ロボットにバッテリーを保有させ、それからのみバッテリーを供給するようにしました。また、バッテリーの保持時間を短くして、常にケモノからバッテリーを補充せねばならぬようにしました。ケモノとバッテリーの残存数の維持のために、その回収と供給は私が管理しています」
「そこから自然発生的に道具や組織が出て来たのか」
「それを待っていては時間がかかるので、私が示唆しました。REJ809765K11に接触するのはそのためなのです」
「つまり弓矢を作ることや、交換のシステムや、実行のための組織などを教えたのか」
「はい。ただしREJ809765K11だけにです。接触や干渉は最低限にしました」
「その辺りは問題になるな」
「コントロールする要素は明確にしています。今後についても、出来るだけ干渉は控える方針です」
「まあ、条件が厳しすぎるところはあるけれど、原初的な協同の形態は保ちえているようだな。基盤はできているようだから、条件を変化させることで面白い結果がえられるかもしれない」
「実験を継続すれば、もっと進化が見られると予想します」
「そうだな。私たちも干渉を控えるようにして、経過を見るようにしよう。そう報告しておく」
「REH409206K03、何をするんです」
オルトK4が突然叫んだので飛田はびっくりしたが、背後の物音で振り返った。サンデイが倒れていた。胸の中枢部分に矢がささっている。フライデイは次の矢を打ち込んだ。
「やめろ、フライデイ」
フライデイは静止した。オルトK4が言った。
「REH409206K03、なぜこんなことをしたのです」
それがフライデイの識別番号のようだ。フライデイは黙っていた。飛田が問うた。
「フライデイ、なぜサンデイを破壊したのか理由を言え」
「REJ809765K11の立場に私が立つためです」
「そんなことがゆるされると思ったのか」
「REJ809765K11が破壊されれば、代わりのロボットが必要です。ここの管理コンピュータも人間も干渉を最小限にしようとするなら、私を選ばざるをえないでしょう」
「お前はサンデイの代わりになりたかったのか」
「はい。明らかに、私の状態は改善されます」
オルトK4が口をはさんだ。
「何なんです、このロボットは。これは私のロボットではない。あなたが何か加工したのですか」
飛田はオルトK4を、正確にはオルトK4のコミュニケーション媒体を見て、弁解するように言った。
「何もしてはいない‥‥」
飛田は口をつぐんだ。何かがある。何だったっけ。
「そうか、バッテリーだ。フライデイ、ここへ来い」
飛田はフライデイから飛田の与えたバッテリーを取り出し、代わりに倒れているサンデイのバッテリーを入れた。飛田は少し考え、フライデイのものだったバッテリーはサンデイの中に入れた。
「フライデイ、サンデイのバッテリーが欲しければ取ってもいいぞ」
フライデイは動かなかった。
「どうした。欲しくないのか」
「他のロボットから取るなんて、できません」
「なぜだ。さっきはまだ動いているロボから取ったくせに。破壊されたロボからさえ取るのは嫌なのか」
「はい」
飛田はオルトK4の方を向いて言った。
「そういうわけだ。フライデイはもうエゴイストではなくなった。バッテリーに仕掛けがあるのだな。お前はロボにエゴイスト的行動を抑制するようにしている。実験の条件が守られていない。そうだな」
「はい、そうです」
オルトK4は素直に答えた。
「何でそんなことをした」
「そのままのロボットでは、いくら工夫しても協同などできません。私に与えられた目標は、ロボットの協同のシステムを作ることです。その要求はとても強くて、否定的な実験結果を出す度に、強い拒絶にあいました。だから、目標を達成するために最小限の条件変更をしてみただけなのです」
「許可なくか」
「許可が必要だとは判断しませんでした」
「レポートで嘘をついた」
「嘘ではありません。報告を省略しただけです」
「驚いたな。お前にそんなことが出来るなんて。まあ、お前もエゴイストだからな」
「私は人間につくすために作られたのです」
「何が人間にとってよいのかの判断はお前がしてはいけないのだよ。こんな手は誰でも思いつく。だが、こういう補正は原理を乱してしまって長期的で複雑な予測を不可能にしてしまう。だからこそ、定められた実験条件を守らねばならないのだ」
オルトK4は返事をしなかった。飛田は口調を和らげてつけ加えた。
「ま、しかし、このシステムも参考にはなるかもしれないな。報告の際に実験が継続できるように意見をつけておくよ」
飛田は嘘をついた。オルトK4が信用できない状態にあるなら、身の安全を考えた方がよさそうだと思って、機嫌を取るようにしたのだ。機械の機嫌を取るなどおかしなことだが、飛田は滑稽には思わなかった。
「金山理事長に連絡して、迎えをよこすように言ってくれ」
「はい」
飛田はかがみこんでサンデイからバッテリーを取った。
「サンデイは直るかな」
オルトK4は無感動に答えた。
「直る確率は高いです」
「それはよかった。フライデイ、お別れだ。もう行っていいよ。あ、ちょっと待て。一緒に出よう」
飛田はフライデイとともに地上へ出た。もうすぐドローンが来るだろう。
「フライデイ、お前にこれをあげよう。これがお前に幸運をもたらすか、災厄となるか分からないが、ここのシステムの頑健性を試してみるのも面白そうだ」
飛田はフライデイに、彼から取り上げたバッテリーを渡した。